第14話 旅の途中2
「えっと、何の話です?」
何を聞かれているのかわからず、リーネが目を瞬くと、エーヴァルトは眉根を寄せた。
「姉に対してだ。まだ本調子ではないようだが、歩けなくはないだろう? それを背負って、癒しの魔法までかけている。しかも、虫や獣にまで……お前は馬鹿なのか?」
呆れたような声音だが、わずかに気遣うような気配が滲んでいる。
昼間に口を開きかけていたのはこれかと、合点が行き、疑問が解けてすっきりとしつつも、何と答えればいいかわからず、リーネは苦笑する。
レーナのことはともかく、虫や小動物に情けをかけるのは確かに、愚かな行為だと思われても仕方ない。治癒魔法はかなり力を消耗するのだ。
リーネは、地面にひっくり返った死に際の虫や傷を負って蹲る小動物などにも、行き会う度に治癒魔法をかけていた。これは、幼い頃からの癖のようなもので、死んでしまいそうだったり、傷ついていたりする生物を見ると、そのままにしておけないのだ。
何とかしてあげたいという気持ちが胸の奥底から突き上げてきて、気づけば走り寄り、治癒魔法を施している。
「お前は血が苦手なはずだ。なのに、なぜ、傷を負った動物にわざわざ近寄る必要がある? 見ないふりをすればいいだろう?」
「ええと、単純に放っておけないからです。手を差し伸べれば助かる命かもしれないって思えば、誰だって助けるでしょう? 血は確かに苦手ですけど……でも、私が治せば、それ以上血は流れないわけですし」
パチパチと爆ぜる小枝に目を落とし、リーネは微笑んだ。
「それに、レーナ……姉を助けるのは当たり前のことです。私たちはたったふたりの姉妹で、家族ですからね。姉は生まれつき体が弱くて。だから、元気な私が守ってあげないと」
周囲の背景に生み出された二人の影が、炎の動きに合わせゆらゆら揺れる。
「……じゃあ、お前は?」
意味が分からず、顔を上げれば、深海色の瞳がまっすぐリーネを見つめている。
「お前は誰が守るんだ?」
「えっと、私……ですか?」
思わぬ問いに、きょとんと目を丸くすると、エーヴァルトは不機嫌そうに視線を逸らす。
「目的を達するまで、お前には無事でいてもらう必要がある」
「え……あ、はい。そう、ですよね?」
エーヴァルトからすれば、宝への道案内が病で倒れでもしたら、ことだろう。だが、レーナに無事でいてもらうというのは、リーネにとっては譲れないことだ。
それに、自分のことは自分が一番よくわかっている。確かに、レーナを負ぶって歩くのは骨が折れるし、治癒魔法だって相当体力や精神力を削られる。でも、無理という程ではない。
やり切れる範囲だ。そんな心配は無用だと言おうとして口を開きかけると、その前にエーヴァルトがおもむろに立ち上がり、リーネの傍まで来て、片膝をついた。そして、リーネをまっすぐ見つめる。
「蒼きリンドヴルムの涙を手に入れるまで、お前は俺のものだ、と言ったな?」
「……は、はい」
たじろぐほどの眼差しに、リーネが顔を逸らすと、すかさずエーヴァルトの手が伸びてきて、頬に触れた。どきっとしている暇もなく、大きく温かな手が包み込むように頬に沿わされ、顔を上向かされる。間近で見るエーヴァルトの整った顔に、リーネは息を呑んだ。
「ならば、無茶をするな」
「無茶……?」
「お前が俺のものであるなら、俺の言うことを聞け」
無骨な流れ剣士には不似合いな、整いすぎている顔は、怜悧で温かみに欠けていた。
けれど、その言葉には、リーネを気遣う優しさを感じ、自然と頬が弛んでいた。
「はい、気を付けます」
リーネの返事を聞くと、エーヴァルトはすっと手を引いて、肩越しに視線を背後の森へと向け、立ち上がった。
「枝を集めてくる。戻るまで寝るな」
くるりと背を向け、そのまま森へ入って行ってしまう。
「……? まだありますよ?」
脇に詰まれた小枝の山を見て、リーネは小首を傾げた。
その夜を境に、エーヴァルトは小まめな休憩を挟むようになった。彼から気遣いらしき言葉は聞こえなかったのだが、明らかにリーネ達の体を慮ってのことだろう。
そのおかげで、意識が完全に戻ったレーナも休み休み歩くことができた。
当初、レーナはエーヴァルトに不審な目を向け、明らかに警戒していたが、自分たちの命綱だと悟ると、視線こそ鋭いままだったが、態度などは少なからず取り繕う様子が見えた。
そうして、双子にとって過酷な森の旅は八日目に終わりを迎えたのだ。
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