第49話 金色の勇者と聖女の夢

「聖女殿ではないですか。俺のところにお越しとはなんとも珍しい。恋愛指南をご所望ですか?」


 片眼鏡モノクルを掛ける、紳士然とした青年が、口元に妖艶な笑みを浮かべている。

 しばらく滞在することになった教会の宿坊の一室。

 大きな書き物机には、書物がうずたかく積まれている。一部だけ、本来の用途で使える一角があるが、そこには金の杯があり、なみなみと葡萄酒が注がれていた。


 部屋にあるいくつかの燭台の火は消えており、他の部屋よりもずいぶん暗い。

 腰まである長い藤色の髪を緩く三つ編みでまとめ、胸の前に垂らす、片眼鏡の青年は積まれた本の間から、優雅に立ち上がる。そして、胸に手を当て、仰々しいお辞儀をした。


「聖なるあなたが、わざわざ怠惰の権化である俺のところに来たのですからね。丁重にお迎えしなくては」


 その仕草と言動に、居心地が悪くなり、自然と眉が寄る。


「読書中に、失礼しました。お邪魔してしまったようなので、これにて失礼します」


 語気荒くそう言い置き、くるりと踵を返すと、くすっと笑ったような声が耳に入り、ますます意固地になる。ずんずんと足首まで隠すスカートが翻りそうになるのも気にせず、扉に辿り着くと、顔の脇に腕が伸びて、扉に置かれた。

 一気に視界が暗くなり、クリスティーネはぎょっとした。

 視線を横に動かすと、背後に大きな影がある。

 前には、指の長い手の甲がふたつ、扉にぴたりとくっつけられ、今や一歩も動けないように囲われている状態だった。ふわりと酒の香りが鼻につき、立ち竦む。


「あ、あのっ」


「せっかく来てくださったんだ。ゆっくりしていってください。そうだな、夜通しでも構いません。寝台は狭いですが、寄り添えばどうにか寝られますよ?」


 耳元に口を寄せられ、囁くように落とされる声に、クリスティーネはカッと顔を赤くした。


「どうです?」


「け、結構です‼」


「そうですか? 残念だ。俺はあなたの寝顔を見ていたいのに」


「金色の勇者様」


「はい?」


「ここは神聖な教会です。冗談でも、そんなこと仰るべきではありませんわ」


「いいじゃないですか、みんなやってますよ?」


「やってません‼」


 彼に託したい言葉があったのだが、人選を間違えたかもしれない。

 クリスティーネは肩を竦め、この薄暗い部屋をあとどれくらいで出られるだろうと考え、嘆息した。


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