第47話 伸ばされた手

「……そろそろ良いでしょうか?」


 突然、扉付近から声がして、リーネはびくりとして、声のした暗がりに目を凝らす。

 その声には聞き覚えがあった。


「あっ! すっかり忘れてました!」


 気の抜けるようなルーカスの笑い交じりの声が上がる。

 ルーカスは、いそいそと声の主のいる方角へと駆けていった。

 エーヴァルトとマルクは、ちらりと肩越しに振り返り、また顔を正面に戻す。

 ポン、ポロンという耳に心地の良い弦楽器の音が突如響き渡る。

 ルーカスに連れられるように現れたのは、マルクの館で出会った吟遊詩人だった。

 吟遊詩人は、ラインハルトとリーネに向けて、優雅に頭を下げると、意味深な瞳をリーネに向ける。


「またお会いしましたね、お嬢さん」


「あなたは……あの時の吟遊詩人さん? でも、どうしてここに?」


 マルクやルーカスにはそれなりに接点があったと言っていいと思うが、吟遊詩人に関しては一目会って、言葉を交わしただけだ。確かに、演奏を聴かせてもらいはしたが、そんな人間は、彼の仕事柄星の数ほどいるはずだ。そんな一聴衆にしかすぎないリーネを、彼もまた迎えに来たというのだろうか。


「おや、不思議ですか? 実は私、聖女クリスティーネには何かと縁のある者でしてね。そういったご縁で、ここにいるんです」


 にこやかに微笑んでから、吟遊詩人は視線をエーヴァルトに移す。


「エーヴァルトさん、あなたは名乗り上げなくてよろしいのですか? 自分も蒼き勇者の——」


「関係ない」


「そうでしょうか? あなたもまた過去——」


「黙ってくれ」


「でも、後れを——」


「それより、早くしろ!」


 吟遊詩人の言葉をことごとく遮り、エーヴァルトは苛ついたように吐き捨てる。

びりびりと空気が震えた。

 吟遊詩人は気迫に押されたのか一旦は黙り込んだが、すぐ肩を竦め、わざとらしく首を振る。


「感動的な場面だと思うのですが……でも、仕方ありませんね」


 吟遊詩人が何かを確認するかのように、頭を巡らせた。リーネもつられて、彼の視線を追うと、いつの間にかルーカスがちょこまかと動き回っている。しゃがみ込み、床に向かって手を動かし、また立ち上がると、移動して、しゃがみ込み、手を動かす。

 それを何度も繰り返している。


(ルーカス様、何をしているの?)


 ラインハルトは吟遊詩人に訝しむ視線を投げていたが、彼もまたルーカスの不審な行動に気が付き、目で追っている。だが、すぐに何かに思いあったのか目を見開き、吟遊詩人を睨みつけた。


「何をしている‼」


 頭の上で叫ぶような声が発され、リーネはびくりとして身を小さくした。


「あ、ばれちゃいました? もう、兄上たち、ちゃんと目くらましして下さいよ‼ 上手くいかなかったらどうしてくれたんですか⁉ 僕は断固抗議します‼ と、いっても、もう終わったので、いいんですけど」


 ルーカスは握り締めた手を胸に当て、満足げに逸らす。


「さすがですね。では、発動させます」


 感心したように頷いて、吟遊詩人が抱えていた弦楽器の弦を弾いた。

 刹那、地面からり白い光が迸る。

 眼が眩むほどの閃光に、リーネはぎゅっと目を瞑った。


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