第3章 魔王城

第31話 魔王ラインハルトと聖女の夢

「なぜ、そんな顔をする? 君はこの花が好きなのだろう?」


 闇夜のような漆黒の瞳が、不思議そうに瞬いた。

 陽の光など浴びたことがないほど白い顔は、彫刻のように整っていて美しい。

 しなやかな漆黒の髪はまるで芸術品のようだ。

 彼の手に乗るのは、無残に引きちぎられた白い花。花弁は幾枚も抜け落ち、生気の感じられない状態だ。


 枯れた大地に奇跡を起こし、大切に育てた清き花。

 それを、引きちぎり、嬉々として持ってきたのは、闇のような黒髪と、切れ長の瞳を持つ美貌の青年。


 成熟した大人のような面立ちなのに、その表情はあどけない幼子のよう。

 期待を込めた眼差しを向け、何かを待っている。


「ありがとう、私の為に摘んできてくださったのね」

 

 世を震撼させる魔王は、無垢なる者のように、こくこくと頷いた。


「でもね」


 差し出された花ごと、彼の氷のような手を、両手で包み込む。少しでも、自分の体温が、彼の心を溶かしますようにと願いながら。


「私は大地に根差す逞しい姿が好き。だから、今度は手折らずに、一緒に花畑で眺めましょう?」


 微笑んで見せれば、彼も口元を歪める。笑っているつもりだと気づいたのは、彼と過ごすようになって少し経ってからだった。


「そう、なのか? よくわからない。私には同じに見えるが」


「きっと、わかるときがくるわ。だから、焦らないで」


「そのときまで、君はいてくれるか?」


 縋るような眼差しに、一瞬息が止まる。

 けれど、迷いを打ち消すように、大きく頷いた。


「そうか。ならば、問題ない。いつまでも共にあってくれ、クリスティーネ。私の愛しき人」


 まっすぐ向けられるその想いに、胸が詰まる。

 クリスティーネはゆっくり瞼を閉じる。その金色の睫毛はわずかに震えていた。

 



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