第19話 バーゼル侯爵領

「そんなに珍しいですか?」


 真正面に座るヤンが、窓枠に肘を突いて、頬を乗せた姿勢で、面白そうにリーネを見つめている。

 リーネは窓硝子に押し付けていた顔を離し、誤魔化すように笑った。

 田舎者丸出しで恥ずかしい。

 バーゼル侯爵領、商業都市エーゲンの活気は、リーネが想像していた以上だった。

 周囲をぐるりと囲うのは白い市壁で、その中には所狭しと建物が並ぶ。


 中央広場では市が開かれ、様々な品物が並んでいる。目にも鮮やかな布地や、それを織って作った繊細な紋様の小物。籠に積み上げられた見たこともない果物に、軒から吊るされた干し魚や乾燥肉。馬車の窓からもそれらが見え、リーネは宝石箱を眺める子供のように目を輝かせていた。


 居心地の良い馬車に座るのは五人。

 ヤンの隣には茶色の髪を刈り込んだいかにもいかめしい顔をした男——ドミニクとうらしいが、口を真一文字にいて、堅く目を閉じている。どうやらまだ本調子ではないらしい。

 もうひとりは、リーネとレーナと同じ側に座る、巻いた赤毛の男ゲルトだ。彼もやや強面だが、瞼を上げると、気の良さそうな明るい緑色の目がくりくり動くので、怖い印象は受けない。二人は、ヤンの護衛として同行したらしかった。


 御者台にはエーヴァルトが座り、ランツヴェーダー城へ馬を走らせている。一行が乗るのは、栗毛の馬が引く二頭立ての馬車だ。ヤンの持つ潤沢な資金で、買い取ったもの。


 ヤンは金貨や銀貨の詰まった財布以外にも、衣服の隠しなどに相当価値のある宝石類を入れており、さすがのエーヴァルトも見せられた時には言葉を失っていた。

護衛をしてくれというから危ない旅なのかと思えば、全く危なげない旅が続いた。

エルベ村から早八日。点々とする村々で宿を取りながら、問題なくここまでやって来た。その間、追手や何かに追われることなど一切なく。


 昨夜エーヴァルトがぼそりと呟いたことが、的を射ているのでは疑ってしまう。

ヤンにちらりと目を向ければ、彼は優しく微笑み返してくる。どきりとするほど綺麗な顔で、当初土に汚れて血まみれだった姿は嘘のようだ。


「これから行くランツヴェーダー城も見事ですよ。是非、案内させて下さいっ!」


 にっこり微笑まれれば、頷くしかない。


「護衛依頼は目くらましか」とエーヴァルトは言ったのだ。


(護衛が表向きの理由だとしたら……一体何が目的なんだろう?)


 優し気なヤンの顔からはその真意は掴めない。

 リーネは諦めて、再び窓の外の景色を眺めた。


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