第1章 聖女の園
第1話 リーネとレーナ
枝葉を伸ばした大木の下、リーネはゆったりと木の幹に背を預け、薄い水色の空に細い雲が流れていく様を、清々しい気持ちで眺めていた。
立てた膝の上には、おやつにと配布された丸い焼き菓子を器用に乗せているので、少しでも動けばころりと転がってしまいそうだ。
「とっても良い天気」
朝の長々とした祈りの時間を終え、その後の奉仕活動という名の掃除も済ませた。
昼食には、好物の卵スープが出たし、午後の予定はないときている。膝の上には甘いお菓子。
こんなに気分の良いことがあるだろうか。
ニコニコして空を眺めていると、傍からふふっという控えめな笑い声がする。
隣を見れば、リーネとよく似た顔立ちの少女が、目を細めて微笑んでいた。
崩した膝の上には、几帳面に白い布が敷かれ、食べかけの焼き菓子が置かれている。
リーネの双子の姉レーナだ。双子といっても、瓜二つというわけではない。血を分けた姉妹だとはわかるものの、双子だとは言われなければわからない。
「何か面白いことでもあったの、レーナ?」
不思議に思って訊ねると、レーナは口元に手を当て、更におかしそうに笑う。
光を受けて光る金糸の髪を緩やか胸の前に垂らして、その先を緑色のリボンで束ねている。金色の長い睫毛に縁取られた瞳は、碧玉のように輝き、つい魅入られてしまうほどだ。
一方、リーネは、姉と同じ髪色なのだが、櫛を通す頻度の問題なのか、やや艶やかさに欠ける。
レーナは身だしなみに拘る質で、身のこなしにしても実に優雅。物腰も柔らかく、立ち振る舞いも上品で、まるでさる貴族の御令嬢といった雰囲気だ。
瞳の色の関してもそう。
リーネは緑色なのに、レーナは青だ。
姉は『翠玉石みたいね』と妹の瞳を褒めるのだが、リーネはお世辞だと思っている。
リーネは姉とは違い、腰まである髪を後頭部できりりと縛り、青いリボンで結んでいる。
リーネにとって唯一のお洒落がこのリボンだった。他の聖女たちは、耳飾りに首飾り、腕輪など、思い思いの装身具をつけ、お洒落をささやかな楽しみにしている。姉のレーナにしても、首からペンダントを下げているし、糸を編んで作った自作の腕輪をつけていた。もっとも、ペンダントは、両親亡き後に、里親になってくれたマイヤー夫妻が餞別にくれたものなので、お守りなのかもれないが。
二人の身に着けるリボンの色には、特別な意味があった。
背格好も、顔立ちも、髪の色も似ている双子だけれど、唯一決定的に違うのは瞳の色。
それがどこか二人を隔てるような溝、欠点のようにも感じられて、それを補うためにお互いに相手の瞳の色を身に着けることにしたのだ。
随分少女趣味だとは思うものの、幼い頃に始めたことだからなのか、今ではすっかり習慣化してしまった。
衣服はお揃いだ。
聖女の正装であるこの衣服は、ひと繋ぎの真っ白な服で、襟周り、袖口、裾にだけ、茶色の糸で刺繍が施されている。描かれているのは、聖なる乙女の象徴である、神聖なる白き花ファーリエの花弁の形だ。本来ならば、白色の糸で刺繍したかったのだろうが、生地が白いためそれが叶わなかったようである。
袖は先にいくほど広がっていて、腰回りには茶色い紐を巻き付ける。
リーネ達の住む〈聖女の園〉に暮らす〈先読みの聖女〉たちにのみ許された正装だ。
この地に住む五十人ばかりの聖女は皆、老若問わず、この衣装を身に着ける。
そう、リーネとレーナは先読みの聖女だった。
五歳で両親を事故で亡くし、両親の友人だったマイヤー夫妻に引き取られたリーネとレーナは、七歳の時、ゼノ村にやってきたザイツァー教会の神官なる男に、先読みの聖女の力を見いだされ、聖女の園に連れて来られた。拒否権などなかった。力があると認められた者は、どんな身分の者であろうと、教会に連れ来られる。
ゼノ村を離れてから十年の年月が経ち、リーネとレーナは十七歳になった。
七年という長い年月を、ふたりは互いを慰めながら聖女の園で過ごしてきた。
一度足を踏み入れれば、外に出ることが叶わぬ、白い壁の内側で。
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