乙女ゲームじゃありませんっ! ~勇者は恋にうつつを抜かす~

雨宮こるり

プロローグ

プロローグ

 振り下ろされたのは、鋭利な三股の槍。

 見下ろせば、胸を貫く冷たい刃。

 鈍い痛みが広がり、サーッと血の気が引いていく。

 どくどくと脈打つ裂かれた身体から、漏れるように溢れ出すのは、熱い深紅の血潮。


 すさまじい激痛。

 けれど、胸の奥底に、それ以上の苦痛が波のように押し寄せる。

 無慈悲な刃は、更に食い込む。

 身体の芯まで蹂躙せんがために。

 死期を悟った刹那——ぶすりと突き刺さり、ぷちんと弾けた。


 消える定めの魂は、三つに分かれて弾け飛ぶ。



 それを見ていたのはただひとり——時の傍観者と呼ばれる孤独な青年だった。

 彼は切れ長の目を軽く見張り、意志を持ってどこかへ飛んで行こうとする二つの光を目で追った。感情など疾うに失ったと思っていたのに、なぜか心を動かされた。


 ——貴女は何を望んだのです?


 灰色の空の下、枯れ果てた木の上から、既に絶命した彼女の、真っ白な顔を見下ろす。

 〈魂裂きの槍〉で彼女の命を奪った男はもう立ち去った後だ。

 稀代の聖女と呼ばれた女性は、清き命を、魔王城で散らした。


 〈魂裂きの槍〉は、魂を永久に霧散させる禁忌の凶器。

 だが、何の因果か、消滅せずに三つに裂けた。


 唯一、留まった小さな光は、発光の強弱を変えながら、まだ彼女の亡骸の上で漂っている。

 彼は目を細め、とんっと木の上から飛び降りた。そして、ゆっくりと亡骸に近づき、その上で輝く光へと掬い上げるように手を伸ばす。

 すると、光は吸い込まれるように彼の手に寄って行き、掌の上に収まった。

 彼は、不思議そうに光を見つめ、ふいに口元に笑みを浮かべる。


 ——いいでしょう。お付き合いしますよ? 時間はいくらでもありますから。


 手の中の光は、まるで返事をするかのように、一際強く明滅した。

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