肉と魚で魚を選ぶ気分の時 中編



「さて、今日のお昼ご飯ですがー……今日は私が魚の気分だったので魚です。異論は?」

「はぁっ……はぁっ……っ! あっ…………りっ! ませ…………んっ! くぁっ! あぁっ!」

「おーけーい……まぁ、今更嫌だって言われてもどうしようもないけどね!」



 カバンの中から調理器具を出したり食材を出したりするクレハの傍らで、フィアはバーピー。立っている状態からしゃがみ両手を地面に着け、そのまま地面を蹴って腕立ての体制へ。そこで1回腕立てを挟んでから逆の動作を行って最後に立ち上がると同時にジャンプして頭の上で柏手を打つ。


 その場で出来る有酸素運動としてはかなりの強度のトレーニング。

 食事の準備をしている間それをやってる事──そう告げられたフィアの表情は、絶望そのものだった。


 それでも一切文句を言うことなく続けるフィア。元々探検家だったフィアにとって、単純な体力トレーニングは問題ない。


 それはそれとして、しんどいものはしんどい。現にフィアは息も絶え絶え、顔は苦しそうに歪んでいた。



「さーてと……さっさとやんないとフィアちゃん倒れちゃうから、さくっと作りますか! 今回はー……こちら! グロウトラウト!」



 じゃじゃん! とカメラに見せつけるのは虹色の光沢を放つ魚──グロウトラウト。

 隣国を流れる大河にて釣り上げることの出来るその魚は、日本で言うところのニジマスに近いが、サイズは40センチオーバーとかなり大きい。


 今回はフィアのカバンの中に小型の冷蔵庫を入れてきていたので、このように気兼ねなく生ものを運ぶことが出来た。


 今回の調理は、非常にシンプル。



「今回はー……これを、ただ、塩焼き」



 語ることは無い──そう言わんばかりに言い切ると、クレハはどんっ! と机の上に塩を置く。


 出発前に鱗やハラワタ、エラに背骨周辺の血合いを取り出しておいたグロウトラウト。それの全体に強めに塩を振る。尾びれにはより強く塩をまぶす。


 これで下ごしらえは終わり。後は焼くだけ──本当に簡単、シンプル。


 クレハはそのままコンロの上に設置した網に軽く油を塗り、グロウトラウトを置いて火をつける。



「後は……具合を見て待つのみ……! さーて……フィアちゃーん? 大丈夫ー?」

「…………はあっ…………はあっ…………だい、じょうぶ…………ですっ…………」



 ちょっと目を離したうちにボロボロになって地面に大の字になって寝転がっているフィア。

 バーピー、本当にきついのである。ダイエットに是非。


 動けなくなってしまったフィアの頬をぷにぷにと指で突くクレハ。思いの外柔らかく、触り心地が良い。



「……うぅー…………あ、なんかいい匂いが…………」

「お、気づいた? 今日はシンプルに塩焼きだよ! 白米にお漬物! 完璧な布陣だよ……!」



 ぐったりとしていたフィアだったが、魚の脂が焼ける匂いに気づきガバッと起き上がる。

 ぱちぱちと焼ける音を立てながら煙が上がるそれを見て、フィアはごくりと生唾を飲み込む。彼女の腹の虫は早く食わせろ早く食わせろと主張を続けている。



「あはは、フィアちゃんあんなに動いた後なのに食欲あるんだ」

「う、うう……最近私、すぐお腹鳴っちゃうんですよ……恥ずかしい……」

『恥ずかしがってるフィアちゃん可愛い』

『いっぱい食べて』

『食欲無いよりは全然安心出来る』

「その通り! 太るかもなんて心配はしなくていいよ! ダンジョン攻略頑張ってたら嫌でも痩せるから!」



 ぽんぽん、と自分のお腹を軽く叩いて痩せてるアピールに抜かりがないクレハ。むしろ同年代の女子と比べても細身なその肉体を羨む声は少なくない。

 最近食事の量が増え体重が増加してきたフィアは少し気にしていたが、コメント欄の声やクレハの後押しを受けてそれならまぁ……と受け入れ態勢。


 さてと、と立ち上がったクレハはグロウトラウトの焼き加減を確認する。



「さてさてー? どないなもんですかー?」



 トングでグロウトラウトを挟み、くるりとひっくり返す。

 網目状に着いた焦げ目からじゅうじゅうと音が鳴り、目が真っ白に濁っている。表面はパリパリに焼きあがり、切り開いた腹の中は染み出した脂でてらてら輝いていた。


 あぁ、これは勝った──満足そうに頷いたクレハは、そのまま反対側を焼き始める。



「さて、フィアちゃん…………ぶっちゃけ後は持ってきたお米を温め直すだけなんだよ」

「? はい……シンプルですね」

「そう、あともうやること無いんだよ。その時に私がやっていることと言えば?」

「……視聴者さんと会話?」

「せーかいっ! さ、読んでこ読んでこっ!」



 フィアと並んで椅子に座ったクレハは、テーブルに端末を置いて流れていくコメントを見るようフィアに促す。

 画面上を流れていくコメントを一つ一つ眺めていくフィア。



「えっと…………『フィアちゃんおっぱいおっきいね』…………?」

「うん、みんなちょっと待っててね?」



 初手からとんでもない話題を拾おうとしたフィアの腕を掴み、画面外から出るクレハ。

 そのままフィアを床に正座させる。カメラは無人となったテーブル周辺を映し続けていた。



「いい? フィアちゃん。あんな下世話なコメントは拾わなくて良いです。反応するだけ時間の無駄です。あんなものよりもっともっと拾うべきコメントがあります」

「すっ……すいません、つい目に入ってしまいまして……」

「ダメだからね? 私は確かに視聴者の皆には喜んで楽しんで欲しいよ? でもね、この愉しませ方はダメ。私はそれを売りにしてないです。そんなのは他の人に任せればいいです」

「すいませんでした……」



 女性配信者に対してモラルのないセクハラコメントが投げ掛けられるのはどの世界でも共通なのである。

 クレハもある程度人気が出始めた時はそのようなコメントに悩まされもしたが、今では完璧なスルースキルが身につき、ピクリとも反応しなくなっていた。


 初心者のフィアには難しかったかもしれない。しかし、まさか読み上げるとは……とクレハは眉間に皺を寄せる。



「はぁ…………これからも私の配信に参加することになるんだから、その辺もまた指導だね」

「あうっ…………分かりました…………」



 ぴんっ、とフィアの額を指で弾いたクレハは、スタスタと席に戻り──カメラに向けて、それはそれは綺麗な笑みを浮かべた。



「君達……汚いものフィアちゃんに見せないでね?」

『はい』

『分かってます』

『見つけ次第通報します』

『クレハちゃん本当に怒ってる……』



 静かなクレハの怒りを察知した視聴者達は、その様子に戦々恐々。

 とりあえずこれで今日のところは大丈夫だろうとため息をついたクレハは、改めてコメントを読もうとしたところで、グロウトラウトの存在を思い出す。


 そうだそうだと網の上のグロウトラウトをひっくり返す。



「…………うん、もういいかな」



 ぱちん、とコンロの火を消し、持って来ていた白米を魔力で温める。最後に漬物をことりと置けば、完了だ。



「さてと……出来たよ、フィア。食べよう」

「は、はいっ……いただきます……!」

「いただきますっ!」



 2人揃って手を合わせた後、フィアはフォークで魚の身を取り、口に運ぶ。



「…………美味しい…………魚の旨味が凝縮されていて、脂のノリも凄い…………塩加減もバッチリ…………ただ焼いただけなのに…………!」

「シンプルイズベストって言葉があってね……単純、だからこそ至高なのだよ。あむっ…………うん、美味しいっ! でー、これがまた白米と合うんだよ!」



 ホロリと口の中でほぐれていく身に感動しながら、その口内に白米を合わせる。


 口の中で白米と身を存分に楽しみ、脂まみれのそこをリセットするかのように漬け物を一つ。これで最後まで楽しめるのだと、クレハは語る。



「…………クレハさん…………お魚、美味しいです…………」

「うん…………ホントにね…………」



 結局、いつものように美味しいものに集中しきった2人は、そのまま食べ終えるまで一言も発することなく食事を続けたのだった。


 なお、クレハはこの時「やっぱり味噌汁欲しいなー」と本気で考えた結果、家に帰ったら絶対味噌を生み出してみせると一人決意を固めていた。



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ダンジョンお昼寝部~転生少女は最高のお昼寝を追い求める~ コロリエル @kororiel5656

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