肉と魚で魚を選ぶ気分の時 前編
「さて、と……それじゃあ、配信始めるよ?」
「は、はい……お願いします!」
フィアがクレハ達に弟子入りしてから早10日。その間彼女はノエルの元で経営を学びメルの元で授業を受けたりしていた。
そして今日。クレハはフィアを連れて近所のタワーダンジョンまでやって来ていた。難易度自体は全体的に低いため、フィアを指導しながらの攻略にはちょうど良いという判断だった。
その入り口で、クレハは見張りの兵士から微笑ましい目で見られながらカメラを起動していた。
「よっと……はいっ、みんなやっほー! オリハルコン級探検家、クレハ・ヴァレンタインだよー! 今日も来てくれてありがとー! 今日はねー、特別ゲストが居ます!」
「は、初めまして! フィアと申します! 訳あってクレハさんとメルさんとノエルさんに師事しています! ふつつつつか者ですが、何卒よろしくお願いします!」
「うん、『つ』が多いねー」
ガッチガチに緊張してしまっているフィアに苦笑いのクレハ。
無理もない。元々引っ込み思案で控え目な性格のフィア。それがいきなり数万人が視聴する配信に参加するというのだから、その緊張は尋常なものでは無い。
『弟子!?』
『獣人の子だ!』
『この声……もしかして、あの時保護した?』
「お、覚えてた人も居たみたいだね……そうだよ。あの時保護した子。もう完全に自由の身だよ」
『良かった!』
『クレハちゃんなら安心!』
『フィアちゃん可愛いっ!!』
視聴者からの反応は上場。栄養満点の食事と適度な睡眠、程よい運動をする生活を1ヶ月ほど続けたフィアは血色もよく健康そうに見えた。
中にはフィアの容姿を褒め称えるコメントも散見される。そのコメントを見かけたクレハは、確かにフィアちゃん可愛いよなー、とフィアの頭を撫でる。
「ま、そういうわけで今日は近所のダンジョンでフィアちゃんに指導をします。初心者から中級者向けの話が中心になると思うから、みんな必見だよ!」
「が、頑張りますっ!!」
「よーし……じゃ、行きますか!」
気合を入れたフィアを先頭に、ダンジョン内へと侵入していく。
今回はカメラの台数を3台から5台に増加させている。個人の配信とすれば異常なほど多いが、うち2台は後からフィアの動きを見返すためにただ録画しているだけだ。
さて、フィアの実力はどんなものか……クレハは彼女の後方で腕を組み、その背中をじっと見つめていた。
────30階────
「はい、トラップ探知は?」
「新しい階に来たら絶対……! 1歩目を踏み出す前に……!」
フィアはクレハからのアドバイスを受け、真っ先に床に伏せて地面を舐めるように見る。
僅かな地面の膨らみ、目を凝らさないと見えない細い糸などを見逃さないよう神経を研ぎ澄ます。
フィアの探検家ランクは暫定シルバー……このダンジョンのトラップ程度なら、探し出すのは難しくない。
じっと地面を見つめていたフィアが、やがてスタスタと歩き出したかと思うと、いきなり手に持ったスコップで地面を掘り返す。
中から出てきたのは、単純な仕組みの地雷。サイズは小さいので、威力はそれなりだが……片足は覚悟しておいた方が良いだろう。
ふぅ、と息を吐くフィア。そのフィアの頭をぽんぽんと撫でるクレハ。
「いい調子だね。今回はシンプルな地雷だから、障壁を貼れるようになれば怪我することはないと思うよ」
「しょ、障壁の魔法なら……自信あります」
「へぇ? 割と高難易度な魔法だけど?」
「その……前の職場で散々使わされたので……」
「あー……なるほど!」
前の職場、という濁した表現に一瞬口元を引き攣らせるクレハ。
フィアの指導の最中に疑問に思っていたことがあり、それはフィアがダンジョン攻略の知識は並であるにもかかわらず、魔法操作技術がかなり熟練していた、という点だ。
それもそのはずで、フィアは奴隷時代、パーティー全体の補助から魔物相手への攻撃、更には回復までを一身に背負っていた。
そのような生活を何年もしてきたのだ。高度な魔法も使えるようになって当然である。
ため息を押し殺したクレハが、一つ咳払い。
「それなら、次の攻略の時は障壁を張りながらしてみようか。私みたいな探検家になりたいのなら、何かしらの魔法は常に発動し続けるくらいは出来ないとね」
「……それ、かなりの高等技術なのでは……?」
「んー……多分そうだね。私以外にしてる人見ないし」
──でも、私みたいになりたいなら……いつかはね?
などと笑うクレハに、フィアだけでなく視聴者までもが震え上がった。
本人からすれば自身の技術を弟子に伝承しようというただそれだけなのだが……見たことも聞いたこともない技術を、さも当たり前のように使えるようになろうなどと言い切るその異常さに。
コメント欄が、頑張れフィアちゃん、で埋め尽くされる。激励が哀れみか、はたまた安堵か……少なくとも、視聴者はフィアの味方だった。
「ほらほら、視聴者さん達も頑張れって言ってるよ? まぁ、今はまだ出来なくても大丈夫だけど、練習はしてもらわなきゃね……そのメニューはまた今度考えるとしてー……」
どんな練習メニューだ、と戦々恐々していると、おもむろにクレハがフィアの背後に向けてナイフを投げた。
え、とフィアの口から声が漏れる。ナイフはフィアの顔の横を通り抜け、トスッ、となにかに突き刺さった音が響く。
どさり、と崩れ落ちる音に目を向けると、そこには額にナイフが突き刺さったリザードマン。
「はい、今完全に油断してたね? ダンジョン内では絶対に気を抜いちゃいけない。常に周りに目を向けて、常に何かが起こると身構え続けること……はい、腕立て30回」
「はい…………ありがとうございました…………」
がっくりと肩を落としながらも、フィアは助けてくれたことへのお礼を口にしてその場で腕立て伏せを始める。
その間にクレハはコメント欄を眺める。厳しいという声や、無茶言うなという声を見かけたので、クレハは笑みを消してカメラに向けて指さす。
「うん。厳しいこと言ってる自覚はあるよ。でも……気を抜いたら死ぬんだよ? ダンジョンって。皆、見てきたでしょ? 配信中の探検家がトラップを踏んだところとか、コメントに夢中で魔物に気付かずそのまま……って所」
配信という文化の恐ろしいところで、もし何かしらトラブルが起きてしまった場合、その光景がリアルタイムで流れてしまう。
ダンジョン配信は人気コンテンツ。決して少なくない数の探検家が攻略の様子を配信し──その結果、凄惨な光景が放送されてしまったことも少なくない。
コメント欄にも、見たことあるという反応が見受けられた。
「結局ね、死んじゃったらダメなんだよ、ダンジョン攻略は。ダンジョン攻略における『勝利』は人それぞれだけど、『敗北』は命を落とすこと。だから、厳しくても強く言い続けるよ──気を抜くなって」
『でもクレハちゃん、ダンジョン内で昼寝してるじゃん!』
「あれは魔物避け使ってトラップも排除して、なんなら寝てる間も感知魔法は使ってるよ。生物が範囲内に入ったら強制的に目が覚めるようなの」
休んではいるけど、気は抜いてないよと笑う。半信半疑のコメント欄だったが、古参視聴者達はそれが事実であると知っていた。
『ホントだよ。前配信切り忘れて昼寝した時、クレハちゃんを襲おうとした男が近づいた瞬間飛び起きて撃退してた』
『あったあった。アーカイブ残ってるよ』
『うわ、ホントじゃん』
『これくらいできて、初めてダンジョン内で昼寝できるのかー』
「あー……それ、黒歴史なんだけどなぁ……まぁ、そういうこと! ところで……フィア、今何回やった?」
「えっと……お話していたので、追加でもう30回……」
「偉い。じゃ、もうそろそろお昼にしよっか!」
これで話は終わり、と言わんばかりにパンパンと手を叩いたクレハは、カバンの中からいつも通り魔物避けを取り出した。
──なお、クレハが黒歴史だと断定した配信の再生回数が急増していることを、この時のクレハは知る由もなかった。
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