0-4 第一魔法士団団長
「ヴィルヘルム・フォン・ヴェンデル。二十五歳。男。
貴族。ヴェンデル伯爵家次男。
独身。婚約者等の存在については不明。
士官学校魔法科を首席で卒業し、卒業と同時に魔法士団へ入団。
学生時代から飛び抜けた魔法士としての才があり、天才と持て囃され、今現在に至るまでずっと天才の呼び名を欲しいままにする紛れもない天才かつ秀才。
現第一魔法士団団長であり、家柄、才能、容姿、どれをとっても申し分なし。
そう、実はあれでいて素材も良い。
いつもローブのフードを目深に被って、ちらりと見える目の下にはクマをこさえて髪はボサボサ。猫背で陰気で言葉は辛辣な根暗野郎ですが、意外と体格もいいし見栄えがする。
実は隠れた優良物件だって、果敢に挑むお嬢様方は後を絶たない、っていう。
まあ漏れなく全員玉砕、っていうかほぼガン無視されて泣かされてるらしいんですけど。
あ、ちなみにあのいつもかぶってるフードね。あれ陰気演出とかでなく、どうやら髪色を気にしてるらしいですよ。
まあ言われてみればあのピンクの髪はあの人には可愛らしいのかもしれないですけどね。正直、野郎の髪の色とかどうでもいい。
でもまあ、昔揶揄われた、とかそんなんかな。この歳になっていちいち他人の髪色あーだこーだ言うやつの方がどうかしてると思うんですけど、結構気にしいなのかもですね。
あ、だからこそ人を寄せ付けないってのもあるのかな。
噂では人嫌いってことらしいですが、人見知り、あるいは臆病の裏返しってやつかもですね。
そんな感じなんで、欠点を上げるとすれば、その壊滅的な対人スキルでしょうか。
アルツト先生とはたまに茶を飲む間柄らしいですが、他に友人と呼べそうな人物が見当たらず。
というか先生も厳密に言えば親戚関係だそうで。かなりの遠縁だって話なんで、まあ友人って言えますかね? 級友なんでしたっけ?
はい。では友人、ってことで。
なんにせよ、あんまり誰かとつるんだりって感じじゃないです。
滅多にその口を開かず、たまに口を開いたかと思えば出てくる言葉はわりと心無い感じの皮肉か嫌味か毒舌か、って感じです。その辺りは我々みんなご存知の通り。
そのくせ不思議と部下には慕われてるっていう。
特にあの人の副官ね。最早崇拝の域に達しているとかいないとか。
まあ人柄はどうあれ、魔法士としての腕は超一流。
特に戦場、対軍魔法においては右に出るものなし。
三年前のあの戦いにおけるヴェンデル団長の功績は無視できるものではありません。あの戦いによって当時最年少で団長に就任したわけですから、推して知るべしでしょう。
この辺りは、我らがマイヤー団長も同じですけど。
とにかく比類なき最強の魔法士として、英雄視するのもわからんではありません。
以上が、ヴィルヘルム・フォン・ヴェンデルについてまとめてみたことです。
高スペックだけど、対人に難アリって感じですね。
まあ普通に話ができてるんなら、人生の伴侶として決して悪くない人物かもしれません。
……クソみたいにヘタレですけど」
第三騎士団のシュミット団長によるヴィルヘルム・フォン・ヴェンデルの評、その最後に付け足された言葉に、それまで大人しく聞いていたクラウス・フォン・アルツト魔法医士は肩を震わせた。
王宮の外れ、騎士団と魔法士団の訓練棟と寮の近くにある医務室は、怪我の多い騎士団や魔法士団の面々のために解放されている。
怪我以外にも体調不良やメンタルケア、簡単な診察や薬の調合も行う。いわば診療所的なものだ。
クラウス・フォン・アルツトは、有事となればもちろん戦場に従軍医師として赴き、潰れた内臓を修復し、千切れた手足すらもくっ付ける魔法医士である。
魔法医士の扱う医術は、魔法と掛け合わせることでただの医術では不可能なことも可能にする。
その医務室の主、魔法医士のアルツトは、現時点でのエルゼの主治医に収まっている。
せめて国で最高峰の医師にかかって欲しいという、公王たっての望みを聞き入れた形だが、エルゼとしても信頼できる医師、それもただの医師ではなく魔法医士、中でも最高峰と名高いアルツトにかかれるなら願ったりだ。
少し体調がおかしいから薬でも適当に処方して欲しいと医務室を訪れたエルゼに、妊娠の可能性を言い出したのもアルツトである。
そんなわけで、すでに騎士団を退団した身でありながらも、アルツトを訪ねてきたのは定期的な診察を受けるためだ。
診察を終えた直後、所見すらも聞いてはおらず、まだエルゼがベッドに座ってる状態で医務室にやってきたのは先日叙勲を受けて第三騎士団団長になったばかりのティハルト・フォン・シュミット。
先週までエルゼの副官だったシュミットはどこから嗅ぎつけてきたのか当たり前のような顔でやってきて、当たり前のような顔でエルゼの傍らに立った。
で、なぜかヴィルヘルム・フォン・ヴェンデルについて話を始めた。
報告書を片手に直立し傍らに立つシュミットから報告を受ける、という図式は慣れたものではある。
慣れたものではあるが、エルザが座っているのは医務室のベッドで、エルザが着ているのはスカートこそ履いていないが平服で、既に騎士ではなく、シュミットの上官ではない。
とりあえず一通り話は聞いたが、一体何の報告を聞かされたのだろうか。
聞かされたその内容は一旦脇に除けておいて、エルゼはベッドに腰かけたままシュミットの涼し気な顔を見上げた。
「シュミット、私はもうあなたの上官でも団長でもありません」
「あ、うん。そういうのいいんで」
拒絶するように掌を向けられ、普通に真顔で返された。
「っていうか、団長どこに住んでるんです? 王都にいますよね? 全然見つからないんですけど」
「……え? 探したの? なんで?」
「なんで、って。自分の上官の居場所ぐらい把握しておきたいです」
ごく真面目にそんな風に言われても。
なんだか話がかみ合わない。
「いや、だからもう上官では」
「オレんちにいるけど?」
シュミットとエルゼの問答に口を挟んで来たのは、湯気の上がるマグカップの中身を時折啜りながら、書類や書籍が高く積まれた机の上、その隙間で手元のカルテらしき書類に向かってペンを走らせていたアルツトだ。
「あ?」
何故か額に青筋を立てたシュミットが、アルツトに顔を向けた。
「幾つかある屋敷のうちの使ってない棟があるから、そこを貸してる。管理してる使用人もいて人目も行き届くし、なんかあってもうちの使用人だからオレにすぐ連絡来るし。オレ自身はほぼここに寝泊まりしてっからな。もし帰るにしても、エルゼ嬢に貸してる屋敷じゃない。そういう意味じゃないから安心しろ。いちいち殺気立つなめんどくせえ」
「なるほど、それは失礼を」
ペンを走らせながらのアルツトの淀みない説明に、シュミットが納得したように頷いた。
一体、この男はエルゼの何のつもりでいるのだろうか。エルゼ自身の認識では、元副官以外の何でもないのだが。
「まあ、オレは別にずっと居てもらっても構わんのだけどさ」
そう言って、アルツトが顔を上げた。
その動きに合わせ、眼鏡の分厚いレンズ横から垂れ下がる、ビーズが連なるチェーンがしゃらりと音を立てた。
眼鏡のレンズが光って、目元は見えない。
「そろそろ限界だ。魔法避けったって、あいつレベルの魔法士からはそうそう隠しきれん」
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