第13話 激動と小松勤皇党の解散 

 これより歴史は激動に入る。元治げんじ元年六月五日、神通丸が沢達ら一行を乗せて長州へ出航した翌日、京では池田屋事件が起きる。そして、その翌月、禁門の変が起こり、長州は薩摩、会津の前に大敗する。この時、田岡俊三郎は、真木和泉まきいずみ率いる忠勇隊ちゅうゆうたいに参加し、高司たかつかさ邸前で会津兵の銃弾を受けて戦死する。

 小松勤皇党は、この前後に黒川易之進とその弟二人を脱藩させている。先に脱藩した飯塚亀五郎の誘いに応じたのだ。飯塚亀五郎は、名を武藤加守衛むとうかもえと変え、三条実美に仕えている。来るべき長州征伐に備えての兵員調達であった。

 間もなく、第一次長州征伐が始まり、長州の全面降伏という形で終わる。神通丸で長州に逃れた高橋甲太郎も討死する。全国的にも旗色は勤皇派にすこぶる悪く、ここ小松藩でも赤衣丹兵衛率いる佐幕派が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする事態となる。       

 だが、藩を上げての佐幕と言うことにはならなかった。沢卿から時折送られてくる書状で長州をめぐる情勢が刻々変化していることを小松藩は掴んでいたのだ。やがて、薩摩と長州が裏で手を結んだらしいという情報をいち早く知ることになる。さらに瀬戸内を行き来する船の船乗りたちの口コミが薩長同盟の存在を確信させるに至った。船乗りたちの間で長州から大量の米・麦が薩摩に向けて輸送されている事、反対に、薩摩が長崎で買い付けた大量の武器が長州に向けて送られている事が噂されていたのだ。

 翌年、慶応元年、第二次長州征伐が始まったが、長州の実権を握った高杉晋作たかすぎしんさく大村益次郎おおむらますじろうの戦略の前に、幕府は大敗を帰することになる。このあたりから、小松藩の佐幕派はその力を急速に失い、さらに隣藩の今治藩、さらには、西条藩に至っても勤皇派に傾いてゆく。

 やがて、慶応四年、鳥羽伏見の戦いで幕府が破れ、天下の情勢は雪崩なだれを打って勤皇派に流れることになる。そして、戊辰戦争ぼしんせんそうが始まり、小松藩も北越戦争へ出兵する。黒川知太郎を隊長とする総勢五十名あまりの小軍だったが、その士気は高かった。

 小松に残った小松勤皇党からも池原利三郎、喜多川鉄太郎、元山源太、小吉らが加わる。元山源太は十八歳以上という兵士募集に年齢を一歳偽って応募したのだ。慶応四年六月、出陣を見送る領民たちの中にタイがいた。タイの目の先には、喜多川鉄太郎と元山源太がいた。いくさから戻ってきたら嫁になってくれないかという元山源太の申し出をタイは素直に受けた。以前から源太の想いは十分感じ取っていた。鉄太郎への未練はあるが、今は、この源太が無事に帰ってきてくれることを切に願うのみだった。鉄太郎は、京詰きょうづめになることが分かっているが、源太は最前線で戦うことになるのだ。

 京の旧会津藩邸が、京での宿となった。大軍の中の一小部隊にすぎなかったが、沢卿はじめ、脱藩組の飯塚亀五郎や黒川三兄弟らが何かと世話を焼いてくれ、他の藩の部隊よりもはるかに待遇はよかった。池原は、以前黒川知太郎が話した「担保」という言葉を思い出していた。

 部隊は、長岡、新潟、会津と転戦して、慶応四年十一月下旬に小松に帰って来る。会津の戦線で銃弾を受け戦死した元山源太の遺骨を携えての凱旋がいせんだった。



 明治元年の師走、源三の漁師小屋に小松勤皇党の面々が集まっていた。元山源太の位牌を持ったタイもいる。池原利三郎が立ち上がり、懐から書状を取り出すと読み始めた。


「小松勤皇党解散の辞。わが小松勤皇党、文久三年に密かに結成し、以来足掛け五年余り、勤皇倒幕を旗印に戦って参ったが、諸君の奮励努力の甲斐かいれあり、幕府は倒れ、世は明治となり新たなる時代が到来した。朝敵逆賊ちょうてきぎゃくぞく、徳川慶喜は捕縛され、打ち首獄門が本来あるべきところなれど、大君様の深き深きお情けにてその一命を助けられた。これも新たなる時代のあかしであろう。ここに至り、わが小松勤皇党の当初の目的はすべて達成された。よって、ここに解散をする。これよりは、それぞれの勤皇の道を探し、それに邁進まいしんすることを願うのみである。決して、この勝利に甘んじてはならない。古人曰く、勝ってかぶとの緒を締めよ。最後に確約しておく。この小松勤皇党は密かに結成され、密かに解散するのであって、今後もこの小松勤皇党の事については、一切他言無用である」

 

 小松勤皇党は解散した。他言無用の約束は固く守られ、今日までその存在が明らかになったことはない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る