第7話 近藤定吉 の夜伽
「やはり都の女子を見慣れておられるので、田舎の女子ではもの足らんのかのーえー」
タイの兄の源三が済まなさそうに弁解した。
「いや、そんなことはない。タイの
「近藤様、やめてくだされ」
タイが恥ずかしがって顔を手で覆った。
「近藤殿、では近藤殿は都の女子を見たことがあるのかのーえー」
黒川易之進が問う。
「いや、ない」
場に居た者は声を立てて笑った。
「いや、沢卿はタイのような若い娘には御興味がござらんのではないか」
大工の小吉が口をはさんだ。
「小吉、それはどういうことなんかのーえー」
池原利三郎が問う。
「その、何と言うか、都の身分の高い方々の中には、女子よりも男の方を好まれる方がおられまして……」
小吉は、歯に物が挟まったような言い方で答えた。
「そうか、小吉は都で大工の修行をしておったゆえ、都の事には詳しいけんのう。以前、確かに聞いたことがある。なんやら
易之進が、さも知ったかぶりに腕を組んで頷いた。
「衆道? そりゃ何ぞのーえー」
源三が尋ねる。
「つまりや、男と男が、その……、何をする訳じゃ」
「何とは何ぞのーえ?」
「何とは、その……、男と女がすることじゃ」
易之進は、赤面している。
「男と女がするとは、つまりあれの事かなのもし」
源三は、しつこく問う。
「そうじゃ、あれの事じゃ」
「
源三の問いに一同は笑った。
「兄さん。もうやめてくれ」
タイが顔を赤く染めて怒って言った。まだ十四の娘なのだ。この類の話には興味はあるが、聞くのはまだまだ恥ずかしい。
「何処と言えば、あるじゃろうが。男にも女子にもある穴が。もうよい」
易之進は、話を切り上げようとしたが、源三ははしつこく聞く。
「けつの穴か?」
「そうじゃ」
「けんど、あんな穴に入れたら、
源三の言葉にどっと笑いが起こった。
「いや、笑い事ではない。おそらく沢卿にあらせられては、そちらの方の御趣味がござられるのであろう、放ってはおけぬ」
池原利三郎が
「では、誰かが夜伽に?」
黒川易之進が問うと、
「うむ」
池原利三郎は頷いた。
「誰が?」
「衆道の相手は昔から美形の男子と決まっておる」
池原の言葉に、皆、一人の男の方を向いた。近藤定吉だった。定吉は、幼い頃より目鼻が整い、色白で、誰からも役者のようじゃと言われてきた。年頃の娘の羨望の的でもあった。
「なんで皆、それがしを見やる」
定吉は慌てた。このままでは、自分が沢卿の夜伽に出なければならない。
「すまんが、わしはその趣味はない故……」
定吉は焦った。だが、誰も視線を逸らさない。
「定吉、幼き頃よりそなたの美形は知られておる。そなたなれば、沢卿もご満足されよう。どうじゃ、これも一つの勤皇の道。頼まれてくれぬか」
池原が頭を下げた。
「……」
定吉は返答に窮した。他の事ならば、たとえ命がけの事でも喜んでしようが、さすがにこればかりは辛い。断れるものならばそうしたい。
「衆道は、戦国の世では当たり前の事だったと何かの本で読んだことがあるぞ」
喜多川鉄太郎が話し始めた。タイが手付かずで帰って来たので一安心したこの男、話が定吉の事になると、
「ほう…、それはまことか」
黒川易之進が、続きを促す。
「織田信長と森蘭丸の事は有名じゃ。織田信長は前田利家公ともできていたそうや。上杉謙信が生涯妻帯しなかったんは、女子に興味がなかったからだと書いておった」
「なんと。じゃったら、織田信長と太閤秀吉なんかはどうやったんやろな?」
誰かがたずねてきた。
「いや、それはないやろ。織田信長もさすがに猿にまでは手は出さんじゃろ」
「わっははは」
一同、腹を抱えて笑った。
だが、一人笑えない男がいた。近藤定吉だった。
「池原さん、一日考えさせて下さい」
定吉は、そう告げると静かに去った。
「今度は男かえ。池原も気い遣わんでええに。こうやって匿うてくれとるだけで有難いのにのー」
沢は、畏まっている近藤定吉を見て言った。
「どのような事も覚悟はできておりまする。なんなりとお申し付けくださいませ」
定吉は、絞り出すような声で言った。
「覚悟? はて、覚悟とは何の覚悟じゃ?」
沢卿の問いにどう答えてよいか分からなかったが、とにかく、
「勤皇の覚悟でございまする」
と答えると、
「それはよき覚悟じゃ。頼もしいのう。ホッホッホ」
沢は、扇子を無精ひげの生える口元にあてて笑った。
「それにしても、そなたは美形じゃのう。うらやましいほどじゃ。背格好も程よくこなれておるわい。さぞや女子どもにもてるであろうのう」
顔、体を嘗めるように見ながら、
「こっちに来やれ」
夜具を並べて床に就くと、しばらくして沢卿が声をかけてきた。
「いよいよか」
覚悟はしていたが、さすがに尻に力が入り、穴をすぼめた。夜具から出て、にじり寄ると、
「宜しくお願いいたします」
と、頭を下げた。
「はて、何をお願いするのじゃ。お願いをしたいのはこちらの方じゃ」
「すべてお任せいたしますので、なにとぞ、お手柔らかにお願いします」
「………何か分からぬが、もそっと寄れ」
また、少しにじり寄った。意識はしていないのに肛門が固くつぼまる。腕が首に巻かれた。耳元に息が吹きかけられる。定吉は目を閉じて体の力を抜いた。ここまできてはもう沢卿に身を委ねるしかない。
「そなたは、兄弟はおるのかえ?」
思わぬことを聞かれた。
「はい、兄と姉が二人と弟が二人の六人兄弟でございます」
「そうかえ。して、姉の二人は既に嫁に行っておろうな」
「はい、ですが、二番目の姉は、七年経っても子ができぬ故、戻されてきました」
様子が違ってきた。沢は、その出戻りの姉の事を
「戻されたとは気の毒にのう。で、歳はいくつになる?」
「数えの二十五にございます」
「二十五かえ。二つ下か丁度良い」
「えっ、何が?」
「よいよい、して、その姉は、そなたに似ておるのか?」
沢は、起き上がると布団の上に
「似ておると言う者もおりますし、似ておらぬと言う者も…」
「左様か。そなたは美形じゃが、やはりその姉もさぞや美形であろうな」
沢の目が怪しく光り始めた。
「美形かどうかは判断しかねまするが、わが姉ながら、そこそこではないかと思いまする」
「うむ、それがよい。女子はそこそこがよいのじゃ。美形であると、すぐに付け上がる。付け上がった女子ほど手に負えぬものはない。そなたも、嫁にするならば、そこそこの女子にせい。少々美しいからと言って飛びつくのは禁物ぞ」
「ははぁ、肝に銘じておきまする」
沢には、男色の趣味はないことが分かってきた。むしろ、姉の結衣の方に興味があるらしい。三味線の師匠をしていることを告げると、わしも三味線を少しするので、是非にも稽古を付けに来るよう依頼を受けた。
「もう遅い。そなたも寝やれ」
沢はそう言うと、横になり、すぐに寝息を立て始めた。
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