第6話 タイの奉公
何事もなかったかのような日々が過ぎ、秋も深まった頃、藩主からの命があった。それは、
「沢卿の身の回りの世話をする
というものだった。
藩主の
池原利三郎と黒川知太郎は、考えた挙句、タイを付けることを思いついた。だが、タイに伝えることは
「タイ、すまんが頼まれてくれんかのーえ」
池原利三郎は、タイを呼び出して頭を下げた。
タイは、しばらく考えていた。頭の良いこの娘は、身の回りの世話ということが何を意味しているか分かっていた。だが、意を決した声で、
「分かりました」
と返事した。
「本当にええんかのーえ。身の回りの世話ゆうんは、その……」
「分かっております。
タイは答えた後、一筋の涙をこぼした。その目の先には、喜多川鉄太郎の顔が浮かんでいた。
タイが、沢卿の世話係として上るということは、勤皇党の面々にも伝えられた。鉄太郎はタイを呼び出し、その真意を問うた。
「タイ、お前は身の回りの世話をするということがどういうことか分かっとんのか」
タイは、しばらくうつむいて答えなかったが、やがて、
「鉄太郎様とは一緒になれぬのならば、せめて、この身がお役に立てるのならば本望でございます…」
小さな声で答えた。そして、
「たとえ、この身は沢卿様のものになったとしても、心は、この心は、鉄太郎様のものでございます。
と言うと、涙をぬぐいながら駆け去った。
数日後、タイは、
この日、定吉は、タイの身を飾ることを池原利三郎に命じられ、離れに住む姉の
「この娘は、漁師の源三の妹で、この度、見合いをすることになってのう。源三に見栄えのするようにしてくれんか言うて頼まれたんじゃ。姉上、お願いじゃ」
「タイちゃんじゃないかね。この子はよう知っとるわい。ええ
結衣は、そう言うと早速、
「あのう、私みたいなのにこんな奇麗な着物を貸してくれてええんかのーえー」
「貸してあげる? あげる、あげる。若い娘の花柄の着物なんか、あたしには恥ずかしいわいね、娘もおらんし丁度ええわいね」
タイは、花柄の着物に袖を通すと、恥ずかしげに言った。だが、その顔には嬉しさが滲み《し》出ている。やはり年頃の娘なのだ。自分には縁のないものと
「どうで?」
結衣がふすまを開けて、定吉にタイを見せた。
「………」
定吉は息を吞んだ。
「これがタイか…」
そう言うとしばらく
「近藤様、そんなに見られると恥ずかしい」
タイは顔を着物の袖で隠した。
「どうで、
結衣がタイの髪を直しながら自慢げに言う。
「これじゃったら、見合いの相手はいちころじゃのーえ」
結衣の言葉に、
「ああ、これじゃったらのーえー」
定吉は答えた。おそらく、都の美しい女子を見慣れている沢卿も満足されるであろうと思うと同時に、タイの運命を思うと妙な罪悪感も生まれていた。
タイは、その日の夕刻、
「タイと申します。池原様より御身の回りの世話をせよと命じられました。どうかよろしくお願いします」
タイは教えられたとおりに挨拶をした。
「………」
沢は、頭を床に擦り付けたまま身動きせぬタイを困った顔で見つめた。
「
タイは、それでもひれ伏したまま、
「洗濯でも、御飯の
と続けた。
「何でもというてもなあ。わしら貧乏公家は、身分は高うても銭はない故、男でも身の回りのことは一通り《ひととおり》できるんや。いらぬ心配は無用ぞえ」
実際、幕末の貧乏公家の生活などは、庶民と変わらない。庶民以下もたくさんいる。
「それでは、私の立場がございません。どうか何かご命じ下さりませ。お願いでございます」
「左様か、では、わしの
と言うと、汚れた褌を出してきた。
タイは、その日のうちに帰されてきた。沢に、「嫁入り前の娘が、男やもめの所に出入りするのはよくない」と、
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