第5話 佐幕派黒幕 三浦休太郎
沢が匿われたのは、三木佐三の離れの使われていない小さな屋敷だった。三木が京で修業をしていた時、世話になった公家で、
「穴を掘るのも勤皇の道なんかのーえー」
「そうじゃ、勤皇倒幕も、まずは穴掘りからじゃ。おまんは百姓もしよるけん、穴掘りは得てとるじゃろーが」
漁師の源三が、薄暗い
源太は足軽と言ってもこの小藩では俸禄はわずかで、主だった収入は五反ほどの田畑から取れる作物なのだ。源三と源太は同い年で共に近藤南海の私塾に通ううちに黒川易之進らの
床下の隠し部屋は、夜の間の作業でなかなか進まなかったが、何とか半月ほどで完成した。大工の
「世話になるのう」
沢が小吉に声をかけてきた。
「
小吉の返事に、沢が興味を示した。言葉に
「そなた、
「はい、ほんの二年前までは都で大工の修行をしておました。十二歳で奉公しましたんで十三年ほど都におましたんで」
「左様か。どおりで。なつかしや、京言葉はええのう」
沢は久々に聞く京言葉にしばしの安らぎを覚えた。
小松藩出身の田岡俊三郎は、顔が知られているため、対岸の備前玉島まで送られ、そこで、高橋甲太郎とともに、医師、
タイは、兄の源三と二人暮らしをしている。両親は、これより二年ほど前に流行したコレラにかかり相次いで亡くなった。十六の源三と十四のタイは、力を合わせて生き抜いている。冬は生魚を扱うが、夏は痛むので干物を売り歩く。だが、今は売り歩くだけではない。潜伏する三人の間の連絡を取り持っているのだ。タイは、突然に舞い込んだ重要な役目に恐れを抱きながらも一種の
さらに、タイの気持ちを奮い立たせる原因があった。この話を持ち込んできたのは、他ならぬ喜多川鉄太郎だったのだ。池原利三郎に連絡係を選ぶように命じられていたのだが、考えた末にタイが最も適任だと判断したのだ。鉄太郎に頼まれた時は嬉しかった。身分の違いから添うことはできないことは分かっていた。だが、鉄太郎が頼りにしてくれることが何よりも嬉しかったのだ。
タイという名は、生まれた日に鯛が大漁だったので付けられたのだが、タイはこの名が好きではない。花や木、鳥の名なら嬉しいのだが、いくら漁師の娘でも魚の名だけは嫌なのだ。顧客の一人に「
タイの朝は早い。まだ暗いうちに起き、前日に用意してあった籠を抱えて家を出る。籠の中は、魚の干物、貝の干物、海苔などの海産物である。特に
関所が近づいてきた。生野の変の首謀者がこのあたりに逃れてきたという噂に敏感に反応した天領の役人が設けた関所である。小松藩と今治藩の間には幅半里ほどの天領がある。以前は何の障害もなく人々は行き来していたのだが、今ではとりあえずの取り調べがある。通行手形も必要である。だが、何度も行き来して商いをするタイたちは、取り調べもなく、手形も必要ない。
「お役目ご苦労様でございます」
と言って、するめの干物でも差し出せばそれでよい。なるほどタイは、この役目に適任であった。
長谷部彦衛門から三条実美の書状を受け取り、それを海苔の束に隠して帰路を急ぐ。この日は初めて関所で荷物改めがあった。役人が海苔の束に手を付けた時、胸の鼓動がタイの身体全体を震わせた。
だが、役人は海苔の束の中までは確認しなかった。
次の日、タイは、沢が潜伏している垣生村まで出向き商いをする。潜伏先の三木佐三宅の軒先で三木の家内にさりげなく海苔の束を渡すのだ。
一方、赤衣丹兵衛らの小松藩佐幕派の増長ぶりは目を
「おのれ、三浦め…」
家老の
ちなみに、三浦休太郎は、後に、海援隊の「いろは丸」と紀州藩の御用船の衝突事件で坂本龍馬との示談交渉に失敗し、多額の賠償金を支払うことになり煮え湯を飲まされる。このいきさつから、坂本龍馬、中岡慎太郎暗殺事件(近江屋事件)の黒幕と疑われ、海援隊士、陸援隊士、薩摩藩士らに襲われ重傷を負うことになる。現在でもこの三浦休太郎黒幕説は消えた訳ではない。襲撃犯が「こなくそ」という伊予弁を叫んだという中岡慎太郎の証言から、松山出身の新撰組隊士、
なお、この
戊辰戦争の後は、獄舎に入れられるが、後に放免となる。後に、東京府知事、元老院議員、貴族院議員となる。知識もあり弁舌だったとある。敗者にも力のある者には機会を与えるという明治政府の典型だと思う。また、三浦休太郎をして論破する坂本龍馬の弁舌、さぞやと思われる。
なお、陸奥宗光は、最期まで三浦休太郎が犯人だと云っていたとある。
赤衣丹兵衛ら佐幕派の
だが、このことはそれなりに効果があった。暗殺計画という現実を突きつけられた赤衣丹兵衛は、心底おびえた。藩の重職を一派で抑えたとは言え、その下に仕える者たちの心の底は分からない。よくよく考えれば、ほとんどが近藤南海門下の者たちである。武士だけではない。町人も百姓にも門下はいる。知行合一を教え込まれた者たちである。いつ何時、誰が、「お命頂戴」と襲ってくるか分からないのだ。赤衣丹兵衛は、家老職の要求は取り下げ、そして、これ以上の要求はしてこなくなった。
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