第4話 唯一の女性党員 タイ

 沢卿さわきょうかくまい、そして、長州まで逃れさせることが、これからの小松勤皇党に課せられた至上命題となった。沢卿には、田岡俊三郎たおかしゅんざぶろうの他、高橋甲太郎たかはしこうたろうが随行していた。この三人をとにかく幕府の追手から隠さなければならない。問題なのは、小松藩の中の佐幕派の連中である。

 赤衣丹兵衛あかいたんべえ一派は、隣の西条藩の佐幕派を後ろ盾にしてその勢力を拡大している。小松藩は、その人口は一万人に足らず、よそ者はすぐに分かってしまう。このような状況で三人を一緒に匿えば自然と目立つことになる。そこで三人を分散することにした。田岡と高橋は、沖に停泊している船で対岸の備前玉島びぜんたましままで送り、沢卿は垣生はぶ村の医師、三木佐三みきさぞうの下で匿うことにした。三木佐三も近藤南海門下で、急進的な勤皇派である。無論、勤皇党の面々には他言無用ということが申し渡された。他言した者には、死が与えられるということも確認した。


「えらい事になりよったのーえー」

 喜多川鉄太郎は、沢卿を垣生村の医師三木佐三の屋敷まで送った帰り道、低い声でつぶやいた。

「左様でございますね」

 半歩後ろを歩いているタイが相槌あいづちを打った。

 タイは、漁師の娘で源三の妹になる。小松勤皇党の唯一の女党員であり、最年少でもある。源三が近藤南海の私塾に通うのに付いて来ていたのだが、庭の隅で講義を聴いているうちに塾の誰よりも内容を理解するようになっていた。南海は、その聡明さに感嘆し、入門を特別に許したのだ。そして、いつの間にか喜多川鉄太郎と恋仲になっていた。その聡明さに鉄太郎が興味を持ち近付ちかづいてきたのだ。だが、鉄太郎は家老の嫡男であり、漁師の娘とは身分が違いすぎた。夫婦になりたいとの鉄太郎の申し出に、周囲は全く相手にしなかった。今度の脱藩騒ぎも結婚を許されず自暴自棄になっていたことも一因であった。


「本当にお腹を召すおつもりでしたの」

 タイがいたずらな目で問う。

「当り前よ、脱藩は切腹と決まっておる。池原さんに切れと言われたらいつでも切る覚悟だ」

 鉄太郎は怒ったような口調で切り返した。

 タイは、みるみるその目に涙を浮かべ、

「死んだらいかん、腹なんか切ったらいかん」

 と言うと、鉄太郎の胸に顔をうずめ嗚咽おえつを上げ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る