入学式
それから二ヶ月後。
「桜の花も綺麗に色付き……」
やっぱ、こんな学校でも話は長いんだなぁ……
入試で一番だったらしい女子の謝辞を聞き流しつつ大きな欠伸を噛み殺す。
僕は今、例の私立 千夜ケ原学園の入学式に来ていた。
朝8:00に受付を済ませて8:30から着席。
そこから約40分。
ずっとこんな具合に座っているのだが、儀式じみた長ったらしい挨拶は未だに終わる気配すら見せてくれないのだった。
唯一の幸運は今座っているこの椅子……というかこの場所だろうか。
僕が受付を終えて通されたのはオーケストラ会場さながらの立派な座席だったのだ。
奥へ行くほど深く沈み、その最奥にあるお立ち台。
それを扇状に囲む様にずらっと並んだふかふかの椅子。
中学に入学した時の体育館にブルーシート、on theパイプ椅子なんて目じゃないほどに充実した設備は長時間の着席と言う尻への苦痛をある程度和らげてくれたのだった。
……まぁ、背中と肩はどうしたって固まってしまうので結局痛いことには痛いのだが。
「はぁ~……ホントに。何でこんな長いんだろ」
そこまで考えた所で、結局最初の愚痴に帰結してしまうのだった。
思わずその鬱憤を囁く様にして吐き出しつつ、また一つ、欠伸を噛み殺していると……
スッ、と。
右隣の席から何かを握った手が伸びてきた。
その手は僕の腹の前まで来ると、手を甲から平へと裏返し、おもむろに手を開いた。
中には四つ折りにされた紙が一枚。
どうやら受けとれと言うことらしいが……一体なんなのだろう。
そう疑問符を浮かべつつ、そのまま右の人の顔を目の端に写すようにして窺うと、その表情は真剣そのもの。
そんな顔で微動だにすることもなくただまっすぐに前を見ていた。
顔を見るにどうやら女らしい。
その事を確認しつつ、僕は受け取り、開いた紙へと目を落とした。
そこには……
――――――――――――――――――――――――――――
ホントそうだよねー
ウチも毎度暇で仕方ないんだよこの時間。
一流校らしいからもっと勉強勉強!って感じかと思ってたのにまさか礼儀についても五月蝿かったなんて……
あ、今んとこ入って一番後悔してる要素ね、コレ。
新入生君も、こーならないように今から覚悟しときなよ
――――――――――――――――――――――――――――
やけにフランクな文体、そして小さく丁寧な文字でこんなことが書いてあった。
お、おう……
なんかやけにノリが軽いな。
その文体に少し戸惑いながら再び盗み見るようにして女性を窺うも、その表情は相変わらず真剣そのもの。
その姿は僕の頭に尚一層の疑問符を浮かべた。
……どう言うことだ?
さっきの紙を信じるならこの人……いや、(「新入生君」とか書いてるし、先輩か)この先輩はどうやら俺のこぼした独り言に同意してくれた……らしいのだが、こんな文を送ってきて一切こちらの反応も窺うことすらしないことなんてことが有るのだろうか。
文面から予想する限り、どうやらこの先輩はある程度のユーモアを持つ人間なのだろう。
そういう人間なら、自分のしたことへの反応ってのはある程度気になるモンだとおもってたが……違うのか?
それとも遠回しな警告……
そんなことを思いながらどう判断したものかと目を紙に戻していると、下の制服をつまみ上げられた様な感覚がした。
何事かと思い目を向けると、先輩の親指が自分の手の平に向かって何かを描くように宙を走っていた。
親指だけ。宙……いや、どこかを滑る指……スワイプ?つまり……
「スマホ?」
小さく、囁く様にしてそう言うと、「違う違う」とでも言いたげに先輩の手は左右に揺れた。
んー?だとするとなんなんだ?
そう頭を捻っていると、ツンツンと言う予告の後に僕の手首が先輩の手によってゆっくりと捕まれた。
僕が驚いて声を出さない様にするためだろうか。
やっぱりバレるとまずいのだろう。
何事かと眺めていると、先輩は僕の掌に親指で何かを書き始めたのだった。
文字にしては不規則すぎるそれを書き終えると、掌を強調するようにパッパッと広げる。
俺はそれを見て残った第一印象を言葉にしてみた。
「手のひらに……何かを書く?」
そう囁くと、先輩の手は「おっしい」とでも言いたげに腕の間接を大きく振りつつ、指を鳴らすフリをした。
それから再度僕の手を取ると、今度は「おはよう」と文字を書く先輩。
それから話す様なジェスチャーをして、自分に向けて指を向ける。
それにさえ気づいてしまえば、流石の僕でもピンと来た。
「……話したいことは掌に?」
そう囁くと、先輩の手はサムズアップへと姿を変え、頷くように上下する。
……顔より他の部位のが表情豊かなんてことが有るんだなぁ。
ま、いいや。んじゃ、早速……
「初めまして 新入生の
そう書き終えると、先輩は手を引っ込め、再び紙を持って戻ってきた。
再び広げてみると、そこには
「これはご丁寧にどうも。私は
まず最初に、いきなり邪魔してごめんね。ちょっと君に用が有ったの。」
そこで文が途切れた。
そして再び引き戻る先輩の手。
あぁ、そうか。
手紙の続きを書いてんだ。
そう考えた僕は全体重を背もたれに掛け、少しゆっくりしようとしていると……
スッ
はやっ!?
……いや、よく考えたらさっきからおかしかったよな。
この短時間でどーやってこんな文書いてんだよ。
しかもそっちに目を遣ることもなく。
思わず吐き出しそうになった言葉を飲み込みつつ、僕は手紙を受け取った。
ペラッ
「用とは言っても簡単なことなんだけど。この集会が終わったら理事長室へ行って欲しいの。」
「理事長室?因みに理由とかは……」
「まぁまぁ、用は行けば分かるからさ。あ、因みに拒否権は無い……ってか行かなかったら退学みたいだから気を付けて」
「えぇ……そりゃまたなんで……」
さらっととんでもないことが付け加えられたが……若干心当たりというか、想像がついてしまうのが嫌なところだ。
「さぁ、私も知らない。私は伝えるよう言われただけだからねぇ……さて、そんなことより、さ!今はこうやってお話してない?君も暇なんでしょ?」
む……
思わず返事に詰まる。
果たして一応でも特待を貰った様な奴が初日から話も聞かずに遊んだりなんてして良いのだろうか。
そんな静止の声が一瞬聞こえた気がしたが……
「そうですね。じゃあ短い間でしょうが、お願いしますね」
それを無かったことにして、僕は先輩と話すことにした。
「おうおーう、この暇潰しのプロに任せんしゃーい」
僕の脆い自制心ではこの退屈を前に垂れてきた餌に食らいつかない理由はなかったのだ。
……そんな訳で暫く先輩と一緒に遊んだ。
因みにその後、「起立」の号令で案の定1テンポ遅れて二人で慌てまくったことをここに記す
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