面会

 それから延々と続くイニシエーションが終わった後。

 僕は先輩に言われた通り、理事長室の前にやってきていた。

 その両開きの扉の前で立ち尽くす。


 うわぁ……半端ない重厚感。

 そりゃそうだよなぁ、こんな一流私立校の理事長だもんなぁ。

 はぁ……厳しそうな人じゃ無かったらいいんだけど。


 高鳴る心臓を圧し殺そうと大きく深呼吸をした後、僕はコンコンとドアを叩き一言声を掛けた。


「新入生の戸鹿原です」


「えぇ、お入りなさいな」


「はい、失礼します」


 ガチャ


 そんな短いやり取りの後、僕は両開きの内、半分の扉を押し開けた。

 

 そこには……


「いらっしゃい」


「こ、こんにちは」


 ……なんか怖そうな人が居た。

 黒く艶々とした肩まで掛かる黒髪に、スクエアの黒縁眼鏡。

 口元に浮かぶ笑みは柔和なはずが、その緩やかに弧を描く口角からは、逆にどこか恐ろしげな雰囲気が感じ取られた。


「まぁ、座りなさいな」


 まさかそんな肩書きを差し引いてもヤバそうなのに逆らう訳にもいかず、僕は言われるがままに手前のソファーへ腰を下ろす。


「いきなりで悪いのだけれど……貴方、紅茶は飲めるのかしら?」


 さて、これから何が起こるのやら。

 そんなことを考えていた僕に、突然理事長からそんな言葉が飛んできた。


 紅茶……紅茶かぁ……

 生憎、午後ティーくらいしか飲んだこと無いけど多分……うん。


「飲めると思います」


 そう答えると、理事長はフッと口元を緩めてこう続けた。


「そう、よかったわ。ならお茶請けはどうしましょう。マカロンと、鬼フライが有るのだけれど……って鬼フライって分かるかしら?」


「あ、はい。大丈夫です。鬼フライでお願いします」


 そう答えると、理事長は可笑しそうに手を口元にやり、笑ってこう言った。


「フフッ、ごめんなさいね、選択肢に出した私が言うのもなんだけど、紅茶に鬼フライって合うのかしらね」


「あー、それはちょっと僕にも分かんないです。ただ、僕が固くて甘いお菓子が好きで選んだだけなんで……」


「あら、そうなの。それじゃあ今度来るまでにラスクでも用意しておこうかしら」


「ありがとうございます」


 ……ん?


 思わず返事をしてから、僕はふと気が付いた。


 ……なんかおかしく無い?

 「今度来るまでに?」

 僕はそう何度もここにこなくちゃならないのか?

 嫌な予感はさっきからしていたが……ホントに一体、僕にどんな用があるのだろう。


 そんなふと思い至った僕の不安を知ってか知らずにか。

 理事長は目を細めて軽く笑った後、鼻歌混じりに鬼フライの入った皿と紙ナプキンを持ってきた。


「さ、どうぞ」


「あ、頂きます」


 バリッ


 まぁ、それはそれとして。

 欠片がテーブルに落ちないよう紙ナプキンの上で鬼フライを噛み砕いた。

 それと同時に感じるしっかりとした歯ごたえと生地の甘い味。

 久方ぶりに味わう懐かしの味に舌鼓を打ちながら、僕は一時の静寂を楽しんだ。


 それから暫くして。

 お互いにお菓子一枚、紅茶半分程度を飲み終えた頃のこと。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか」


 突然、理事長はそんなことを言ってきた。


 遂に来たか……


 内心そう呟きながら僕は覚悟をする。


 第一、最初からおかしかったのだ。

 僕がこんな学校に受かる筈も無いし、特待なんてもっての他。

 先輩の言ってた「行かなかったら退学」って言葉でようやく察したが、(……いや、無論勘違いの可能性も有るのだが)今から告げられる「本題」の為に僕はここへの入学を許されたのでは無いのだろうか。

 だとすれば、そこまでの接待を受けられるその「本題」が容易なことで有る筈が無い。

 果たして一体、僕は何を言われるのだろうか。

 そんなことを考えていると……


「先ず……謝らせてちょうだい、戸鹿原君。合格通知まで出したのだけれど、実のところ、あなたは勉学の面で受かったわけじゃないの。」


 だよなぁ……

 なんか最初から微塵も期待してなかった筈なのに、こうも面と向って言葉にされると少し傷つくというかなんというか……

 

「それとは別の面で貴方を見込んで合格通知を出したのだけれど、少し……いえ、かなり危険な内容になるから、今から話す内容を聞いて、無理だと判断したのなら、断ってくれても構わないわ。その場合、あなたの学力に応じた、ウチの系列の高校に推薦状を書くからその点は安心してちょうだい。」


 おお、手厚い対応。

 そこら辺は僕がこれを世間に言いふらす事を恐れてのことだろうか。

 やっぱりバレるとマズいのだろう。

 でも、この現代日本で学生に負わせる様な危険ってのは一体……

 

 そんなことを考えながら、僕はコクリとうなずいた。

 そうすると、理事長は少し微笑み……


「ありがとう、じゃあ話していくわね。まず最初に。私があなたにお願いしたい仕事っていうのは……」


「悪魔狩りよ」

 

「……ん?」


 聞き間違いかな?

 いましがた、この世界線じゃまともに聞くことのないであろう、恐ろしく非現実的なワードが聞こえたんだけども……


「先に言っておくけど聞き間違いなんかじゃないわよ」


 読まれてる!


「流石にね……何回も同じ様なことを伝えてたら反応も似通ってくるのよ。」


 僕の驚いた顔から判断したのか、そう苦笑気味に話す理事長だったが、これが聞き間違いでないとするのなら、僕としては必ず言っておかなければならないことがあった。


「あの……僕、狩りはおろか、運動もろくにしたことないんですけど大丈夫なんですか?」


そうすると、理事長はこちらを安心させるような微笑を浮かべて……

 

「あぁ、それなら安心して……とは言っても体力錬成なんかは必要になるでしょうけど。まぁ、とにかく戦闘面に関しては心配いらないわ。ほら、別の面で貴方を見込んだって言ったでしょ?」


 別の面?確かに言ってたが……

 ここで出てくるということは、その別の面は、悪魔とやらとの戦闘に役立つ様なモノなのだろうか。

 生憎、一切の心当たりがないのだが……


 そんなことを考えていると、理事長は話を切り替えるように手をポンと叩き……


「まぁ、それについては後から詳しく話すとして。取りあえずは、悪魔についての詳細から話していくわね。」


 そうして語られたのは、僕が普通に暮らしていれば、恐らく知るはずも無かった荒唐無稽な事実の連続だった。


 まず大前提として。

 この地球には、一般的に知られて無いだけで、内側に概念的な別世界があるそうだ。

 その世界は、人間の悪意が積み重なって出来た世界らしく、その悪意は星のエネルギー源となりこの地球は稼働している。

 とまぁ、一見永久機関のように見えるこのシステムだが、そこには一つのデメリットが有った。それが、悪意を消費する副産物として現れる悪魔だ。

 悪魔は機会さえあればこちらに攻めてくるほど好戦的かつ残虐で、それを大昔から事前に防いできたのが、今僕が入ろうとしているこの、私立千夜ヶ原学園の所有者にして、理事長の実家である千夜田家らしい。


「……とまぁ、こんなところかしら。どう?少しは現実味が沸いた?」


 そうこちらを気遣うように言う理事長には悪いが……正直言って微塵も理解はできなかった。

 第一さらっと流したが、なんだよ別世界って。

 しかもそれが人間の悪意で成り立ってて、その悪意をエネルギーに地球が動いてるだなんて……

 ここ以外で語れば、陰謀論扱いがいいところだろう。

 だが……


 理解できないとは言ったが、その反面、それ自体を嘘だと疑う気には微塵もなっていなかった。

 むしろそれが妥当のような気すらしていたのだ。

 だってそうだろう。

 こんな面談で嘘をつくはずがない……というのも一つあるのだが、実は、それを差し置いてでも、確信を持てる記憶が僕にはあったのだ。

 

 それは僕が中学のころ。

 確か、科学の時間だったか。

 その時に星の内部構造を授業でしていたのだが、ほかの惑星の構造は習ったのに、よりにもよって、この地球の内部についてだけは微塵も触れられなかったのだ。

 それについて疑問に思い、先生に尋ねたところ、当の先生ですら知らなかったらしく、その時間は生徒と先生で、一緒になって地球内部について考えることで授業が一つ潰れたのだった。

 だが。

 奇妙なのはここからで、次の日。

 思いのほか楽しかった星談義を、今日も友達としようと考え、声をかけたところ、「そんなことをした記憶はない」と、皆口をそろえてこう言うのだった。

 それに疑問を覚えた僕は、家族から、ご近所さんまで。

 ありとあらゆる身近な人を使って実験したところ、結局みんなが一日できれいにさっぱり。

 僕と話した地球内部の話だけが忘れられていたのだった。


ここまで言えば、僕が何を言わんとするのかはもうお察しだろう。

 そんな奇妙な星の内部を。

 明らかに何らかの意思が働いているているような内容の話を、この理事長は当然のように口にしたのだ。

 それだけでも僕がこの話を信用……というか、興味を持つには十分な理由だった。

 

 「なるほど……やっぱりそういう類なのね」


 そんなことを考えているうちに、理事長のそんな呟きが耳に入った。


 「……?そういう類?」


 それに思わず聞き直すが、理事長は取り繕うような笑顔とともにこう言った。


「あぁ、ごめんなさい。こっちの話よ。それより……ほら。」


 その言葉とともに差し出されたのは、真っ白な服にベレーの様な膨らんだ帽子。

 それに……

 

「これは……ナイフ?」


 黒い、加工されたゴムが巻かれた持ち手に巻かれ、何か青い輝きを放つ刃先。

 そんなあまり見ないようなデザインのナイフだった。

 その説明を求める意味合いを込めて理事長に目を上げると……


「百聞は一見に如かず。とりあえず一度見に行ってみるのはどうかしら。」


「み、見に行くってそれはもしかしなくても……」


「えぇ、「悪魔狩り」をよ。」

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