イロメガネ
かわくや
出だし
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さて、突然こんな出だしで始まるのは我ながら如何なものかとは思うのだが……
昔から僕には「生きている実感」と言う物が無かった。
家族に誕生日を祝って貰ったあの日も。
怒りで血が滲む程拳を握りしめたあの日も。
悲哀に暮れて涙で枕を濡らしたあの日も。
友達と遊んだあの日々ですらも。
どんな体験も僕に生の実感を与えることは無かったのだ。
――――――――――――――――――――――――――――
……そこまで書いた僕は思わずシャーペンを机に放り出し、勢い良くベッドへ飛び込んだ。
「はぁ、なんなんだよこの課題。『自分は何者か』ーだなんて。絶対、高校の事前課題でやる物じゃないだろ……いや、このくらい変わってるからこその一流校ってことなのか?」
そう、これは少し前のことだった。
これは成績中の上、授業態度普通で通っていた僕が記念受験のつもりで受けた有名進学校『私立千夜ヶ原学園』に受かってしまったことに端を発する。
いやまぁ、確かに「受かったら良いなー」程度に思って受けたことは認めるが、いざ受かってしまったとなると話は大きく変わってくるのだ。
……まぁ、一言、かつ正直に言ってしまうのなら……
『面倒』
その一言に尽きるのだった。勉強も、人間関係も。
なんて、他の受験者が聞けば殺しに来てもおかしくない様なことを内心呟きつつ、僕は枕に顎を埋めてスマホを開き、検索エンジンに一つのワードを打ち込んだ。
その検索結果の一番上の項目をタップすれば、そこには華美過ぎず、それでいてどこか厳かな雰囲気が感じられる一つのページ。
暗い紅のヘッダーは筆で書かれた様な筆記体の「私立千夜ケ原学園」と言う文字と金色の校章をほど良く引き立てていた。
「流石有名校。金かけてんだろうなぁ」
何気なくそう呟きながらページを下へとフリックする。
そうすると、探していた項目はすぐに見つかった。
「入学者の皆さまへ……有った」
そこからさらに指を動かすと、僕の見たかった情報は直ぐに見つけることが出来た。
「入学式は……二ヶ月後か。それならもう少しゆっくり仕上げようかな」
そう呟いて僕は両腕を上に上げ、伸びの形を取る。
ここまで面倒だとか言ってきた僕だったが、正直、受かってしまった以上行かない手は無いと思っている。
本当に何故か、最低位では有るものの、特待も貰えたし、本来行く予定だった底辺高なんかとは卒業後の実績も大違い。
そして何より……
「ここでなら……僕も何か変われるのかもしれないしね」
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