第32話 篠宮あずさ
部屋に入った瞬間、小さい身体を大きく見せるように大口を叩く目の前の女の子。言動に反して見た目が中学生程の幼さがあるので不思議と威圧されていても苛立ちは感じない。
それどころかむしろ微笑ましさすらある。
…のだが、何となくこれから先色んな意味で大変そうな予感が胸をよぎり俺は深いため息をついてしまう。
ため息が気に入らなかったのか、その女子は信じられないと言った表情で、大きな瞳で俺を見ている
「何でそんな意味ありげにため息なんかするのよ!?」
「いやあ、悪い。何となく嫌な予感がしてさ…」
「この私と組むってのにどこに嫌な予感を抱く余地があるって言うのよ!??…まあいいわ!私、篠宮あずさ!あんたの名前まだ聞いてなかったわよね。これから一応私の相棒になるんだから聞いといてあげる!」
それにしてもいちいち鼻につく言い方をするなあ。こいつ絶対友達少ないだろ…。いや、全く友達がいない俺がそんな事言えた立場じゃないが。
とはいえこの子とこれから共に行動しなければいけないらしい。俺は名前を素直に桜木に告げた。
するとさっきまでの勢いはどこに行ったのか、彼女は気まずそうな表情で俺を見る。
「あ、あんたっ…。かちくって…」
「笑えるよな、ほんと。好きに呼んでくれて構わないよ」
「でもっ…!どういう神経をしてたら子供にそんな名前つけられるのよ…っ!!」
ああ、そうか。俺の名前で悲しんでくれているのか。失念していた…。俺が自己紹介すると周りが見せる反応はこれまで二通りあった。
多くの人間が見せるのは嘲笑。後の少数の人間がくれたのが憐憫だ。だがそいつらも俺が虐められ始めると、簡単に憐憫から嘲笑へと感情を変えた。
篠宮は本当に悲しそうな顔をして目は逸らしているが少し潤みがあるようにも見えた。もしや会ったばかりの男の過去を想像して痛みに寄り添ってくれているのだろうか?もしそうなら彼女はとても感情移入しやすいタイプなのかもしれない。
不思議と俺は、篠宮は嘲笑と憐憫のどちらでもない感情を向けてくれているような気がした。
…第一印象は偉そうな中学生だったが、案外いいヤツなのかもしれないな。
「…案外いいヤツなのかもしれないな」
「案外って何よ!!私程いい女なんて地球回ってもいないわよ!!」
「うわっ!いきなり大声出すなよ!」
どうやら心の声が漏れてしまったようで俺も焦って大きめの声で返してしまう。
「ああもう!あんたといると調子が狂うわ!あんたはこれからカクよカク!わかったっ!?あんたも私の事は名前で呼びなさい!相棒なのに苗字呼びとか変なんだからっ!!もうっ、何なのよ!!」
「何でいきなりキレてんだよ!?」
ぷんぷんと怒り出す篠宮。「カク」か…、何とも語呂の悪い感じは否めないが彼女なりに気を使ってくれたんだろう。
どうやら俺も名前で呼ばなければならないみたいだ。これまで優愛以外まともに女子と接してこなかったのでいきなり名前呼びは正直ハードルが高い。ましてや俺たちは今日会ったばかりだ。まだ名前しかお互い分かっていない。
それにしても篠宮の言う通り、こいつといると何だか調子が狂うな。俺も釣られて声が大きくなってきてるし。
そこでさっきまでずっと黙って俺たちを見ていた音無が恐る恐る間に入ってきた。
「出会ってそうそうイチャイチャしてる所悪いんだけど…」
「「してない!!」」
「わ、悪かったわよ」
桜木と否定の言葉が偶然被ってしまい、音無が若干引き気味になっていた。桜木は横で「私には涼介がいるんだから!」とまたぷんぷん言っている。
そういやこいつには彼氏?がいたんだよな。橘誠也のせいで今も意識不明の状態なそうだが…。今はこの事に無闇に触れないでおこう。桜木の心境を考えるととても軽々しく聞くことができない。
埒が空かないと思ったのか音無がコホンとわざとらしく咳払いする。
「えーと、少し締まらないけど本題に入っていいかしら」
「悪いな。よろしく頼む。ほら篠宮、ちゃんと聞いとけよ」
「わかってるわよ!あと篠宮じゃなくてあ、ず、さ!」
『あずさ』をちゃかしながら俺は真剣な表情をする。あずさの方もちゃんと聞く体勢を取っていた。
音無も安心したのか一族としての顔つきになり真剣に話し始める。
「もう分かってる通り、貴方達は今日から私達一族の仲間として活動してもらうわ。つまり相手は悪人とはいえ、貴方達には躊躇なく人殺しを行ってもらう事になる。…その辺の覚悟はもう出来てると思っていいのね?」
「ああ…」
覚悟は出来てる。隣であずさもこれ以上ない神妙な面持ちで頷いていた。こんな顔もできるんだな。
「…わかったわ。早速だけど篠宮さん、貴方には言っていた通り桐谷くんの学校に転校してもらう。行動を共にする同士同じ学校にいた方が都合がいいわ。丁度桐谷くんと同い年だし。いいわね、篠宮さん?」
「ええ!もうパパとママにも相談済みよっ!!!」
「え…ええええええっ!?ちょっと待て待て待て待て!同い年ってまじか!?」
同い年?このちんちくりんが??中学生じゃないのか?下手したら小学生と言われても信じてしまいそうだぞ?
「あんたっ!!それどういう意味!?!?失礼ね!!喧嘩売ってんの!?」
「だってそりゃあ…」
その瞬間俺の喉元に静かにナイフが突きつけられた。これまで全く気配がない。俺の額に汗が一滴流れる。
「今、真剣な話をしようとしているの。いい加減にしないと…殺るわよ??」
「ごめんなさい」
音無は笑顔だが目は決して笑っていなかった。音無だけは怒らせないようにしなければ…心にそう強く誓う。震える身体を抑えながら、プンスカ怒りっぱなしのあずさを無視して音無の言葉を聞く事にした。
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