第30話 橘誠也の最期

 かっくん…いや桐谷くん達と別れた後、基地に戻ってきた私は重い足取りで橘誠也を監禁している部屋に向かう。


 そう、この手で命を終わらせるためだ。


 無論、まだ生きていたらの話ではあるが。十分な制裁を与えたと思う。麻酔無しで四肢を切り落とし、無理やり火で止血して放置しているのだ。痛みのあまり既に事切れているだろう。


 実際にこれまでも拷問後、発狂してそのまま心停止してきた罪人も山ほど見てきた。橘誠也もおそらく…。


 幾重も死体を拝んでいる筈なのに、やはり気分のいいものではない。別に私は人を痛めつけ、殺害する事に快感を感じてなどいない。確かにあの男は正真正銘のクズだ。間違いなく生きているだけで今後も多人数に害を撒く存在に成ったと確信している。


 誰かがやらなければならないのだ。たとえ誰に偽善だと罵られようとも。


 部屋に入ると案の定男は床に倒れ伏していた。見張の部下に合図を出して外に出させる。部屋を2人きりの状況にする。なるべく罪を背負うのは私だけでいい。


 見た感じは橘に息があるように思えなかった。一応耳を口元に近づけ息を確認する。


 …っ!! 


 正直驚いた。あれだけの拷問を受けてまだ息があるとは。悪人程生命力が高いとはよく聞くがこれほどとは。それどころか橘は私の存在に気づくとこちらに顔を向け、弱々しく目を開けてみせた。


「……千堂…いや、音無だったな…」


 小さい震えた声で力なく言葉を紡ぐ男にかつてのような傲慢な影はない。心なしかどこか清々しい顔をしているようゆ見えるのは気のせいか。私は話しかけられた事に驚き咄嗟に顔を離してしまう。


「…皮肉なもんだよ…笑えるよな…地獄を味わって…最後の頼みの父さんも失って…今になってやっと…やっとさ…うう〝…自分がどんだけクズ野郎だったか気付くなんてな…」

「……」


 当然最後の悪あがきと言わんばかりの罵声を浴びせてくると予想していた私は面食らう。反省の2文字とは縁遠い存在だと思っていた橘誠也からこんな言葉を聞けるとは。


 もしこの男に四肢があれば油断させる作戦だと私は真っ先に疑っただろう。しかし今目の前で泣き笑いのような表情を浮かべる少年には抵抗する四肢も力も残っていない。


 私は驚きながら彼が紡ぐ言葉に耳を傾けた。


「…母さんは正しい人だった…俺はそんな母さんをずっと馬鹿にしていた…俺達は他の奴らとは違うんだから他人を見下して蹂躙して当然なんだって…ああ〝…母さんが死んだ時はざまあみろと思ってたくらいさ…でもさ…やっと分かったんだ…もう遅いけど…やっと…やっと…さ…」


 瞳からポロポロと涙を流す橘に私は何て言えばいいのか分からない。いや、そもそも言葉をかけるべきなのか。正直この展開は全く予想していなかった。


 息の根を止める為に来た筈の私は黙って彼の言葉を聞いてしまっていた。


「なあ…俺はあの世へいったら…母さんに会えるかな…。何度も何度も謝ったら母さんに許してもらえるかな…?」

「分からないわ。死後の世界がどうなっているのか、死んだ人に会えるのかどうかなんて…。それに、まず初めに貴方があの世で懺悔しなければならないのは『お母さん』に対してではないはずよ」

「ああ…そうだな…今なら分かる…本当に…本当に…心から…申し訳ないと思う…よ…ごめんなさい…ごめんなさい」


 気づけば私はこの男と普通に会話していた。それも、言葉を選ぶようにしながら。それはこの男がきっと心から反省している事が分かったからだろう。


 それでも私は務めを果たさなければならない。


「……」


 そっと無言で橘誠也の首に手をかける。放っておいてもじきに死に至るだろう。しかし一族として、何よりここまでした責任を取り、私がこの手で終わらせて背負わなければならない。


「ありがとう…音無も…すまないな…」


 指に力を込められて痛いはずなのに、部屋は悲鳴一つ響かなかった。事切れた橘の顔を見るとやけに晴れやかな顔をしていた。


「……」


 この男に玩具にされてきた被害者からすれば今のこの男を見るとふざけるなと思うだろう。何を今更と。お前のような外道がそんな顔で死にゆくなと。


 私もどういう顔をしたら、どんな感情を今抱けばいいかわからない。


 でも…もしあの世があるなら…何年かはたまた何十年何百年かかるかわからない懺悔と厳しい修行を経て…橘が母親に許される事がいつかあってもいいかもしれないな、と少しだけ考えてしまった。

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