第29話 ざわめき。天音優愛視点
私はたまらずかっちゃんの胸に飛び込んでいた。さっきは揶揄われたせいで少しだけ動揺しちゃったけど、そんな為に家まで来た訳じゃない。
かっちゃんが突然いなくなっちゃう気がした。大好きな人が私の知らない遠い所へ行ってしまう、そんな不安が急に私を襲ってきた。そうなるともう私は居ても立っても居られなかった。
別に数日連絡が来なかっただけで、心配して家まで様子を見るような重い女の子になった訳じゃない。そりゃ寂しくなかったと言えば嘘じゃないけど彼にだって都合はあるだろう。
かっちゃんは私に「俺が橘達を何とかするから、それまで学校に行くな」と言っていた。その時色んな事がありすぎて頭がぐしゃぐしゃになっていた私は、愚かにもそんな彼の言葉を特に気に留める事もなく聞いていた。
そして彼からの連絡が途絶えた次の日から橘誠也は不登校、世良達3人は重症で治療中と学校で噂になり、また次の日には橘誠也の父親であり副総理の橘栄信の行方不明が報道された。
副総理の行方不明以外はテレビで報道すらされていない。学校のみんなは橘達という障害が消え去った事実に安堵しているだけで違和感を抱こうとすらしない。
おかしい。こんなの絶対おかしいよ。確かに彼は何とかすると言ってた。私の彼氏だもん。もちろん信頼はしてるし頼りにしてる。
でも16歳の男の子に何ができるの?何をしたの?
まさか危ない事に巻き込まれた?それとも…もしかしてかっちゃんがアイツらを…?いきなり現れたあの綺麗な女の人も…まさか?
様々な憶測が頭をよぎる。胸が押しつぶされそうな程、一つの不安が大きくなる。
『かっちゃんが私の前から離れていく…』嫌だ…それだけは死んでも嫌だ…。
かっちゃんがもし罪を犯したのだとしても、私は絶対に離れたりしない。私も一緒に罪を背負いたい。
私はかっちゃんを抱きしめる震える手に力を込める。いきなり泣き出してしまいそうでうまく彼の顔を見る事ができない。
俯きながら、一応彼に聞いてみる。多分私を心配させまいと正直に話してくれないだろうけど…。彼はそういう人だから。
「…かっちゃん?私に何か隠してるでしょ?」
そう言うと、少しだけ彼の身体が震えたような気がした。しばらくお互い沈黙した後、彼は優しく私の腰に手を回してくる。
「隠し事なんかしないよ。俺が優愛に隠し事なんか出来る訳ないだろ?」
やっぱり。本当の事は言ってくれそうにない。…嘘つきだ。でも…私を巻き込まないための優しい嘘。
もう…言ってくれても私は全部受け入れるのに。きっとそれは正しい事だと思うから。
こんな彼に私は何をしてあげられるのだろう。まずもっと強くならないといけないよね。そしてもっともっと好きな気持ちを伝えないと…!優愛には言っても大丈夫だ!って思ってもらえるように。
それとも無理やりにでも聞き出して踏み込んでいけばいいのかな?今はまだわからない。
でもこれだけは言える。彼が一体何をしていようと私がかっちゃんを好きな気持ちは永遠に変わらないよ。たとえみんなが彼を責めても。敵に回しても。
…たとえ彼が人殺しをしていたとしても。
そう決意した私はいつもの明るい優愛を装い、彼をさっきの女の人の件で揶揄う事にした。
シリアスな空気から一転、かっちゃんがわたわたと焦り出す様子は可愛らしい。
問い詰めてしゅんとなった彼にじゃあキスで証明してと意地悪する。…我ながら何て恥ずかしい事をしているんだろう。まあ、せっかく念願の恋人同士になれたんだからこれくらい許してくれるよね。
あったかい。唇から彼の優しさが伝わってくる。ずっとこうしていたい。
神様…お願いだからこの幸せを私から奪わないで。
…ずっと一緒だよね?
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