第27話 音無の悪戯

 どんな薬剤を使ったのかは不明だが、音無達が非常に手際よく掃除してくれたおかげで血痕は綺麗さっぱりと言っていい程無くなり、部屋の匂いもあまり気にならなくなっていた。


 浴室に放置していたモノも「こちらの方法で処理する」と言ってくれたので全て任せる事にした。


 不思議と音無達を信じて大丈夫だと確信している自分がいる。それはきっと音無一族の計り知れない力というものを間近で見ていたからなのだろう。


 母親は黒服達によって先に連れていかれた。とりあえず俺の望み通り、一刻も早く衰弱した身体を治療してくれるそうだ。あれだけあの女の事を憎んでいたハズなのにそれを聞いて安堵してしまっている自分がいる。


 ‥優柔不断な自分が嫌になる。確かに一時は殺意すら感じていた。しかしいざ瀕死のあの女を見た途端底知れぬ恐怖を感じたんだ。


 勢いで家政婦として扱うとは言った。だが復讐とはいえ、アレだけの事をあの女にした事は事実だ。これからアイツに俺はどう接していけばいいんだろう。あの女も同じ事を今考えているはずだ。


 そもそもなんで俺はあんな事言ったんだろう‥。疑問だけは頭の中にいくらでも浮かんでくる。


 今はまだ答えを出せそうにない。


「だいぶ思い詰めてるわね?無理もないわ。あなたにとっては物凄く大事な決断だったと思うから‥」

「大丈夫だ。考えても仕方ない事だしな‥。それよりも色々と手配してくれてありがとう。この恩はこれから仲間として協力する事で少しずつ返すよ」

「そのつもりだから覚悟してちょうだい?でも覚えておいて。貴方のその優しさは私達の仕事では命取りになる事があるということを‥。あなたの母親みたいな例は稀よ。この世界には情け等不要などうしようもない人間があまりにも多すぎるから‥」


 そう言う音無の顔はどこか儚げだ。とても同い年の女の子とは思えない儚く憂を帯びたその顔から、彼女が既に多くの人間を裁いてきている事が分かる。


 その小さな身体にどれだけの覚悟を背負っているのだろうか。音無とは、言うなればまだ一日程度会話しただけの仲である筈だ。


 だがその内容があまりにも濃かった。一見冷酷に見える彼女の言動から確かな優しさを感じた。そして今も俺はそんな彼女に励まされている。


 これから俺はどういう道に踏み込もうとしているのかまだよく分からない。『普通の日常』とはほど遠いものになる事だけは間違いないだろう。だがそれでも、貸し借りとか関係なく彼女の力になってあげたいと思っている。


 優しさは命取りになる‥か。俺は自分で自分が優しいとなどと自惚れる気は毛頭ないが心に留めておこう。


 復讐の為に散々人を傷つけた。人も俺が殺したようなもんだ。こんな人間が優しいと呼ばれていい訳がない。


 復讐等と謳っても、俺がした事は本来最終手段であるべきな暴力に訴えただけだ。結局のところ「ヤツら」と何も変わりはしないのだろう‥


「ふふふ、貴方少し考えすぎよ?さてと、私たちもそろそろ戻るとしましょうか」


 どうやら俺たちの分の車も、もう家の前に待機させてくれているようだ。


 俺たちが家を後にしようとした時インターホンが鳴る。俺は普通に黒服の誰かが押したものだと思ったが、音無が怪訝そうな顔をしていた。


「おかしいわね。わざわざベルを鳴らす事なんてないと思うのだけど‥」


 それを聞いて俺は一応誰が来たのかモニターで確認してこようとし、音無には玄関で待っていてもらう。

 

 モニターを見て驚いた。そこには凄く見知った愛しい人の顔が‥。家の前まで優愛が来ていた。


 何やら焦っている様子だ。


 何でこんな時間に?俺はハッとなりスマフォを見る。そう言えば橘、相川、世良、早乙女の4人に復讐をした日からずっと時間がなくて見れていなかった。


 そんなに時間は経っていないハズなのだが、今まで毎日ずっと連絡を取っていた俺から急に連絡が途絶えた事で、心配して来てくれたのだろうか。


 アプリの優愛との会話画面には、可愛らしい見た目の犬のキャラクターが心配していたり、悲しそうな表情を浮かべているスタンプで埋め尽くされていた。


 最後には少し怒った顔をした犬のスタンプが。これは相当心配かけてるぞ‥。そりゃそうだ。恋人になった男からいきなり連絡が途絶えたんだもんな。今更気づいたが着信履歴も

溜まっていた。


「どうしたの?誰だったのよ?」


 自ら確認しに言っておいて何も言わない俺に音無が聞く。


「いや‥優愛が来てる。多分俺を心配してくれて‥」


 嘘をつく理由もないので正直にそう話す。すると音無はパッと子供がおもちゃを見つけた時みたいな悪戯な笑みを俺に浮かべた後ドアノブに手をかけた。


「ちょ‥まっ‥!」


 俺は急いで玄関に向かって止めようとするが音無は俺の言葉を華麗に無視し、はーいと甘い声でドアを開ける。


 当たり前だが、死体も処理した事だしもう何もやましい事はない。それなのに何故か非常に今この場面を優愛に見られるのは不味い気がする。


 恋人になったばかりの彼氏から急に連絡が途絶えたと思ったら、誰も入れた事がないハズの家に自分の知らない女を入れているのだ。おまけに音無は超美人。


 ずっと音無は悪戯好きな所があるとは思っていたがやられた‥。あとで絶対文句を言ってやろう。


 ドアの前にいる目を驚きでパチパチさせている優愛を見て、俺はどう言い訳しようか考えるのであった‥。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る