第25話 一度だけでもいいから‥
「ご‥ん‥‥い。ほん‥‥‥に、わた‥あな‥になん‥ていっ‥ら‥いい‥か‥」
少しだけ顔を上げて俺の姿を確認すると、酷く悲しそうに、憔悴しきった顔ででまた謝罪するボロボロの女。
こいつは本当にあの豚なのか?今のコイツの姿を見ると、それすらも疑わしくなる。
‥まさか本当にあの豚がここまで疲弊する程に、後悔の念を抱いているというのか?何とかしてこの閉鎖空間から抜け出したいから上辺だけでなく?今まで憎しみの対象でしかなかった筈の俺なんかの為に?
‥嘘だ。そんなの‥嘘だ‥っ!!
「か‥‥く。いま‥で‥ご‥め‥ね。わた‥ころ‥てく‥てもい‥から‥」
「やめろおおお‥っ!!なん‥なんなんだよ‥っ!お前は‥っ!!ふざけるな!!今更遅いんだよ何もかも‥。何で今になって‥そんな優しい目で俺を見るんだよ‥!そんな顔するなあああああ!いつもみたいに俺を憎めよ!蔑めよ!!」
何故か無性に腹が立ち大声を上げてしまう。動悸が信じられない程早くなり心臓が今にも潰れてしまいそうだ。呼吸も上手くできない。
ずっと黙っていた音無が口を開く。俺の並々ならぬ様子を感じたのか背中をさすってくれる。
「大丈夫?? 上に戻ろうか??」
「はあ‥はあ‥。大丈夫だ‥。ごめん‥音無」
何とか自分を落ち着かせようと深呼吸するが、簡単に冷静にはなれそうにない。
音無が俺と虫の息の女を交互に見て、言いにくそうに顔をしかめながらも俺に言う。
「‥どうする?一応私達としては貴方の母親はこちらの方法で処理しようと考えていたのだけど。正直私の意見としては、十分彼女は死に値すると私は考えているわ。でも、あくまで決めるのは貴方。酷な質問なのは承知してるけど‥あなたはどうしたい??」
どうしたい、か‥。俺は今のコイツを見てどうしたいと思っているのだろう。
少なくとも数日前までの俺は明確な憎悪をコイツに対して持っていた。だが今はどうだ?‥当時ほどの憎しみを持てているか?
音無の『私達の方法で処理しようと考えていた』という言葉を聞いた時、確かに俺の身体は震えていた。橘誠也への拷問の後だ。俺の『母さん』もあんな目に遭うというのか?? 想像すると何故だか分からないがどうしようもなく怖い。寒気が止まらない。
「この女は俺の獲物なんだ‥。だから処理はしないで欲しい。こんな事言っといて虫のいい話だが、怪我を治してしばらくそちらで預かってくれないか‥?すまない‥頼む。‥もちろん金は払うから‥」
俺の言葉を聞くと、音無はとても優しい目つきで俺を見て「‥そう。やっぱりそれが答えなのね」と小さな声で言った。
俺たちの話を聞いていた虫の息の女は呆然とした表情で俺を見ている。何故だか分からないという顔。
当然だ‥俺はこいつに数日前これ以上ないくらいに恐怖を与え、憎しみをぶつけた。死の恐怖を確実に感じていた筈だ。そんな男が自分をまだ生かそうと言っているのだ。
「ど‥う‥て?わ‥し‥なん‥かを??」
聞くな。俺だって分からない‥。俺は何でコイツを生かしておきたいんだ??
「勘違いするな‥。俺はお前を許した訳じゃない。俺が今までお前の世話をした分、今度はお前に俺の世話をしてもらう」
そうだ‥俺が奉仕してやった分俺はお前に奉仕させてやる‥その為に生きていてもらいたいだけだ‥
「怪我を治したら迎えに行く。お前には俺の『家政婦」になってもらう。‥コキ使ってやるから覚悟しておけよ?」
気づけば俺は訳のわからない事を言っていた。それを聞いた女は泣きそうな顔になっている。今にも崩壊しそうだ。
よっぽど俺なんかの家政婦になるのが嫌なのだろうな‥。‥‥そうに違いないんだ‥‥
「‥話は終わった?」
「‥ああ。すまん、かなり待たせた」
音無が女を運ぼうとするが、色々任せっきりで悪いので俺が運ぶと申し出る。
アキレス腱を損傷させたので肩を貸しただけでは歩けそうにない。俺は仕方なく女をおんぶする事にした。
‥まさかこんな事になるとはな。
俺の背中の上で女の啜り泣く声が聞こえる。その姿に耐えきれず、何を思ったのか俺はこんな言葉をかけてしまう。
「家政婦なんだからさ‥今度‥俺にアンタの作った温かいご飯を食べさせてくれよ‥」
一度でいいから‥と言おうとしたが辞めた。今まで一度だって食べた事はないがコイツはこれから俺の家政婦になるんだしな。
一度だけなんて困る。毎日作ってもらわなくては。コキ使ってやると決めたんだ。
背中では俺の言葉を聞いた女がわんわん泣いていた。
俺は何故か込み上げてくる涙を必死に抑えていた。音無は何も言わず俺の背中をぽんっと叩いた。
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