第23話 息子帰らず‥。まさかの来訪者。
『息子が帰ってこない』
鏡の前で白髪の混じった髪を綺麗に七三に整えている男-
誠也は深夜に出掛ける事はあったが、学校がある日に朝に帰ってこない事は今まで一度もなかった。ましてや帰らないにしても、何の連絡もしないなんてありえない。
(何かあったのだろうか‥)
栄信は政治家としては非常に優秀だ。頭も良く回るし国民に向ける外面は良く、支持率も高い。実際総理大臣である手塚正道の支持率の3分の1以上はこの男、栄信によるものだ。
しかしその実態、性格に非常に難があり同僚や部下からは疎まれる存在であった。
平の国会議員時代から自分よりも立場が上の人物には媚を売るが、それ以外の人物は平気で見下し、時には自分が成り上がる為に利用までする。あの息子にしてこの親ありと言えるような傲慢な人物。それが栄信の本性だ。
そんな栄信にも弱点がある。亡き妻との一人息子、誠也である。生涯唯一愛した亡き妻の形見であり、自分の後継者である誠也を栄信は溺愛していた。
息子の為なら栄信は何でもした。虐め、暴力、強姦に近い権力を盾にした和姦、そのような息子の犯罪行為を全てもみ消してきた。
この男にとって被害者の事などどうでもよいのだ。だって自分達家族以外の人間等『ゴミ』だと信じて疑っていないのだから。自分と息子さえ良ければそれでいいのである。
しかし誠也から「人を殺してしまったかもしれない」と電話を受けた時は流石に耳を疑った。動機も非常にレベルの低い者で、他校の制服を着たカップルの女子をナンパし、断られた腹いせに階段から男子の方を突き飛ばしたのだ。
今はその男子は植物状態。奇跡でも起きない限り回復する見通しはない。
「まさか、ここまで大ごとになるとは思ってなかったんだよ、ごめんって!あっ、いつも通りお願いね?父さん」と特に悪びれもせず電話で頼み込む愚息。
あろう事か栄信は‥そんな愚息の最低の行為を許し、コネを最大限に利用してもみ消した。
今まで息子のしでかしてきた行為で、重篤者が出た事は一度もなかった。まだほんの少しだけの良心が心の片隅に有った父親は、少しだけ頭を悩ませたが、結局は息子の為に最低の決断をした。
我々以外の人間等所詮はゴミ、そいつらがたとえ死んだとしても栓なき事、それが栄信が少しだけ悩んで出した結論。
今回はそれなりにもみ消すのが大変だったが、誠也が逮捕される様子も、事件が報道される様子も未だにない。
橘親子は自分達が犯した罪を反省するどころか、ほくそ笑んで豪華な生活を行なっていた。
そんな事件があっての今誠也が帰宅しない状況。植物状態の男の子の遺族、そして交際相手の怒りをこの目で間近に見た栄信は朝から嫌な予感を感じていた。
(まさか‥な‥)
自分が人の上に立ち人々を見下したいからという傲慢極まりない理由に目を瞑れば、栄信は仕事熱心な人物でもある。
帰って来ないと言ってもまだ一日だけの話。それに出て行ったのは深夜2時前。まだ時間にして5時間程度しか経過していない。
多少の嫌な予感が拭えないが、栄信は頭を仕事モードに無理やり切り替えた。
もうそろそろ会議に向けて、いつも家を出る時刻である。それにも関わらず送り迎えの秘書からはまだ連絡が来ない。
栄信が叱責の電話を秘書にかけようとした時、部屋のインターホンが鳴る。
(遅いぞ、全く使えない奴めが‥)
来訪者を秘書だと確信した栄信は、確認もせずにドアを開けた。
ドアの前に立っているのは予想外の人物。なんと総理大臣『手塚正道』がそこにいたのだ。
整った顔立ちに、柔和な笑みを浮かべる男はとても40代には見えない程若々しい。
栄信はこの男を腹の中で心底嫌っていたが、相手は総理大臣‥自分よりも立場が上な為、ぎこちない笑みを浮かべて尋ねる。
「これはこれは‥っ!こんな朝早くから何用ですか?総理。付き人達も連れずに何故??」
「ご心配なさらず。こんな朝早くから申し訳ない。あなたに少し話がありまして。少しだけ家の中に入れてくれますか?」
「会議前のこの時間に‥ですか?また後でとはいかないのでしょうか?」
「重要な事なのです。すぐに終わりますから‥」
状況が飲み込めないが、人たらしな表情を浮かべる総理に言われて断れる筈がない。栄信は渋々ながらも総理を中に入れて、客室に丁重に案内する。
それにしても妙な話である。いくら家がそれなりに近いと言っても、わざわざ朝‥しかも会議前に私邸に総理が来るなんてありえない。
秘書もボディガードも連れていない、単身でここまで来たというのだろうか?休暇でもない日にありえるのか?
総理は栄信の疑念等関係ないと言った様子で客室に堂々と座る。
「ああ、少し喉が乾いてしまいました。コーヒーを入れてくれませんか?ミルクと砂糖たっぷりでお願いします。‥そんな怖い顔をしないで下さいよ。まだ時間はあるでしょう?」
総理大臣とはいえ何様のつもりだ?年下の癖に偉そうにと不愉快になりながら台所に向かう栄信。
時間もギリギリなのにふざけるな、毒でも入れてやりたい。怒りのあまりそんな事を考えて湯を沸かす準備をしていたその時、栄信の右耳に何かが思いっきり突っ込まれた。
「ああ〝ぎぎゃあああ〝あああ〝ああああ〝!!!」
気配等全く無かった。気づけば箸が右耳に突っ込まれていたのだ。栄信は激痛のあまり大声で泣き叫ぶが、そんな事お構い無しに犯人は左耳まで顔を寄せて囁く。
「ふふふ。今日は会議なんて端からありませんよ。ああ、左耳は安心してください。私の声が聞こえなくなったら困りますから‥」
普段の柔和な笑みからは想像もつかない残虐な一面を露わにした正道。流石に予想していなかった展開に栄信は驚愕する。
「ぐあああ〝ああ!な、なんで‥っ。こんなふざけた事を‥??」
「なんで、ですか‥。御自身の胸に聞いてみたらどうです?」
冷淡な顔で平然と答える正道に、栄信は激昂する。
「違う!!何で総理大臣の貴方が‥貴様が何でこんな事が出来るんだと言っているんだ!!!」
「そんな事ですか‥。まあ『見えているモノ、肩書きだけが全てではない』という事です」
正道は理解出来ない事を言い出す。痛みでどうにかなりそうな中で、ハッとある最悪な考えが栄信に浮かんでしまう。
「まさか‥誠也はっ!?!?誠也は無事なんだろうな!?」
「この状況で息子をまだ気遣うのは大した親心ですね。ただ、その優しさを我が国民に対しても持ってくれていれば、こんな事にならなかったのですが‥」
正道は箸を栄信の右耳に差し込みながら、左手でポケットからスマートフォンを取り出す。
「誠也くんの事でしたら‥先程『私の可愛い娘』からこんな画像が送られてきました」
正道は無慈悲にも、変わり果てた誠也の画像を栄信に見せつける。
『こんな‥!?う、嘘だろ‥っ?誠也‥!せいやあああああああああああああああ」
右耳に箸が刺さったまま、悲しみのあまりその場に項垂れる栄信。
「大丈夫。貴方の息子は一人ではありません。だって貴方も一緒なのだから」
何も大丈夫ではない。それはただの死の宣告。
「貴方は政治家としての手腕は素晴らしかった。ここまでの私の内閣の支持率の異様な高さも貴方がいたからこそだ。出来れば国民の為にも殺したくはなかったのですが‥仕方ありません」
台所にとてつもない殺気が充満する。命の終わりを感じた栄信はガタガタと震えながらも何もする事が出来ない。
「貴方達は‥親子共々一線を超えました。貴方の愚行を許しはしませんが貴方が誰かを殺めた訳ではない。せめて一瞬で送ってあげましょう。‥あの世で奥さんに息子と共に己の罪を懺悔するといい」
その言葉が栄信が耳にする最後の言葉であった。喉元を素早く掻き切られ、一瞬で栄信は息絶えた。
「さてと‥私は仕事でこれ以上動けそうにありません。後は頼みましたよ?『御影』」
手塚正道-本名『
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