第22話 予期せぬ勧誘。音無家長女としての御影の使命
俺は今、休養室と思われる部屋の前のベンチに座っている。まだ頭痛が治まる気配はないが、他の三人のように寝込まないといけない程ではない。
三人は今休養室の中だ。気絶した猫目の女子はもちろん、男の方の二人もかなり精神を消耗しており、今は動く事もできない程のようだ。無理もない‥。自分達のした事とは言え、まともな人間なら一生物のトラウマになるだろう。
「あなたは大丈夫なの??」
「ああ‥。なんとかな」
肩に手を置いて体調を気遣ってくれる音無。正直大丈夫とは言えないが、俺は軽く作り笑いを返す。
念願の復讐が出来てスッキリした、その事は間違いない。間違いないのだが、自分がどんどん取り返しのつかない程に人間には程遠いナニカになっていっているようで一種の恐怖を感じてしまう。
橘はまだ死んではいないが殺したのも同然だ。死ぬのも時間の問題だろう。そこにどれだけの理由があろうとも、俺が2人の殺人を犯した事実は変わらない。
どうしても顔がこわばってしまう。それと同時に「今更何を言っているんだ、取り返しがつかない事をしている事くらいわかっていたんだろ」と自分を戒める感情も湧いていて、胸中かなり複雑な想いだった。
「三人は大丈夫だろうか??」
「大丈夫‥と言いたい所だけど当分の間はかなり辛いでしょうね。事後処理は徹底的に私達が処理するから、誰にも罪に問わさせはしないけれど‥。」
心配そうに話す音無は、先程橘に制裁を与えた彼女と同一人物とは思えない。きっと生来はとても優しい女の子なのだと思う。音無一族というのは悪にはとことん厳しいだけで、反対に弱者にとってこの上ない味方の存在なのかもしれないな。
「少しキツく聞こえるかもしれないけど、彼らは復讐を心から切望していた。それを成し遂げなければ、決して一生前を向いて生きる事ができない程に‥。だから私は手を貸した。復讐を成し遂げた後、どう生きるかは彼ら次第‥」
俯きがちに話す音無は何処か物憂げに見えた。「出来ればこれを機に、強く生きて欲しいけどね‥。そうじゃないと私達の存在の意味がなくなってしまうもの‥」と付け加える。
俺は彼女に対して何の言葉もかけてあげる事ができなかった。自分よりも小さい身体でどれだけの使命を背負っているのだろうか。彼女にとって何物でもない俺が、浅慮な労りの言葉を投げかける訳にはいかないと思ったからだ。
俺は苦渋の表情で黙り込んでしまう。
「ふふふ。貴方はやっぱり優しいのね」
「優しい‥?俺が?」
「ええ‥。早く助けてあげられなかった私が言うのも何だけど、貴方は日々暴力を振るわれていても決して自分から暴力を振る事はなかったわ。振るうのは天音優愛さんが傷つけられた時だけ。今日だってそうよ。貴方は自分の心配よりも他の三人の心配をして‥そして私の心配までしてくれる。顔を見れば分かる‥」
優しい‥そんな事は優愛にしか言われた事がない。事実今の俺はただの復讐の鬼だ。俺が否定する間もなく、音無は次に予期していなかった事を言い出す。
「ねえ桐谷くん‥?私達の仲間になってくれない??」
そう言う音無の顔はこの上なく真剣だった。
「私、前に「いい顔になった」って言ったわよね?私達の仕事は普通とかけ離れすぎてる。悪に容赦のない制裁を与えても動じない普通じゃない感性と、虐げられている者に心から寄り添ってあげられる優しさ、そのどちらも必要なの。あなたはその二つとも持っている。もちろんタダで仲間になれとは言わないわ。貴方がこれまで犯した罪、そして今後も正義のために貴方が行う事はどんな事でも、私達が責任を持って確実に隠蔽して捻じ曲げてあげる」
あまりにも突然すぎて話を聞いても、頭の理解が追いつかなかったが音無が次に言った言葉は、ハッキリと俺の心に残った。
「橘誠也の件は私達が先導した事、当然この件は貴方の答えがたとえNOだとしても責任を持つわ。でも貴方のもう一つの殺人は‥。日本の警察はとても優秀よ。遅かれ早かれ何も手を打たなければ必ず罪は明るみになる。そうなれば天音優愛さんは傷つき、当然貴方は刑務所行きね。私達の仲間になれば絶対に貴方を捕まえさせたりしない事を約束するわ。悪くない条件だと思うのだけど、どうかしら?」
見方を変えればある種の脅しとも取れる言葉。しかし音無はどこか必死にに見えて威圧感は全くという程感じられなかった。
『優愛と離れ離れになる』今まで当然考えなかった訳ではない。人を傷めつけて殺害すればどんな理由があろうとも審判を受ける。当たり前の事だ。
だがそんな当たり前の事を考える事を後回しにして、自分の復讐、そして優愛の脅威を取り除く事だけを考えていた。
音無の言葉で自分がどれだけ後先考えずに行動していたのかを思い知らされる。
優愛と会えなくなる‥今更ながらその事実の事を改めて考えると生きた心地がしなくなる。しかし、目の前の少女はそうはさせないと言ってくれる。仲間になる事、それだけを条件に。
「‥少しだけ考えさせてくれないか?」
「‥ええ、いい返事を待っているわ」
少しの沈黙が流れた後、音無はゆっくりと立ち上がった。
「橘誠也の後処理は私達に任せてもらっていいかしら??三人にも確認を取るべきだと思うのだけどあの調子じゃね‥。もうこれ以上彼女達にも、あなたにも精神的な負荷をかける訳にはいかないし‥。もうあの男は死んでるも同然。それでもまだ貴方がやりたいなら任せるけどどうする??」
共同作業になる事は予想していなかったが、十分すぎるほど復讐は成し遂げた。橘はもうただ生かされているだけの状態だ。あれ以上どうこうしようとは心身共に疲れ切った身体では思えない。それに考えなければいけない事が増えた。今は身体を少し休めたい。
「すまない。後は任せるよ。少し疲れた‥」
「わかった、後は私達がきちんと処理するわ。まだベッドが余ってるから部屋に入ってゆっくり休んでいて?」
お言葉に甘えて休養室で休ませてもらう事にする。とんでもなく疲れているはずなのに、音無の言葉を思い出してなかなか眠る事ができなかった。
◇◇
橘誠也への制裁から約3時間が経過した。部下の者に血で汚れた部屋の掃除と奴の監視を頼んでいるが、私も様子を見に行くとする。
(ちょっと強引だったかな‥やっぱり‥)
手術室-いや拷問室へ向かう途中で、桐谷くんを仲間に誘った時の言葉を思い出す。ついつい脅しのようになってしまったと自負している。
正直に言えば、たとえ彼の答えがNOでも彼が前に犯した罪も隠蔽してあげるつもりなのだ。法律が彼の行為を許さなくても私は彼のやった事を罪だと思わない。むしろ桐谷くんは被害者だと思っているくらいだ。
桐谷くんと天音さんの関係は見てるこっちが羨ましくなる程の強い関係だ。そんな2人が離れ離れになって、悲しむ姿なんてこれっぽっちも見たくない。
(ごめんね‥。桐谷くん)
それでもああ言えば‥それに天音さんの名前を出せば絶対に桐谷くんは断らないと思ったから、彼の逃げ場を奪うような事を言ってしまった。
人手が足りていないという事もある、しかしそれよりも彼のような人に私達の仲間になって欲しかったのだ。
(はあ‥私って、結構ズルい女なのかも??)
少し落ち込んだ顔を上げて拷問室のドアを開く。
今からの私は高校一年生の女の子としての私じゃなくて音無家の長女としての私。
入った瞬間とんでもない声量で叫び声を上げている男を部下が抑えつけている光景が目に入る。麻酔が完全に切れたらしい。
『う゛あ゛あああああああ゛あああ゛あああああああ!!!
おね゛がい゛だああああごろじでぐれ゛えええええええええ!!!!』
任されたのだから被害者達に変わってここから先は『音無流』でやらせてもらう。
『善には善を。悪には悪を』それが音無一族の掟。
悪は徹底的にその罪を償わせないといけない。被害者達の為にも。
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