第21話 無情。あまりにも無情
「いいわ。始めましょう」
音無は顔色一つ変えずに、号令をかける。俺達も躊躇なく一斉にチェーンソーの電源を入れる。
猫目の女子は歯をくいしばり、同い年くらいの男子、サラリーマン風の男は「待っていた」と言わんばかりの狂気的な笑みを浮かべている。
大声で叫びつつも身動きが取れない橘誠也を、俺は無表情に上から見下す。今までコイツには散々な目に遭ってきたが、今はこんなにも矮小な存在に見えるとはな‥。少しだけ感慨深い気持ちになる。
謂わばなし崩し的に音無に着いてきた。これから俺はどうなるのか今はわからない。だが‥
俺は頭の中で、コイツに与えられた暴力等という言葉では片づけられないような凄惨な毎日を思い出す。それが今日で終わる。何より最愛の優愛の最大の脅威は今から取り除かれる。その事だけは事実だ。
「嘘だろ!?お前らこんな事‥っ。お前ら本当に人間なのかよ!?!?!?ふ、ふざけるなあああああやめろおおおおおおおおおおおおお」
四人のチェーンソーの音にかき消されて非常に聞きづらいが、最後の抵抗とばかりに橘はこれ以上ない大声で叫ぶ。
人間‥か。俺はもう自分を人間と言えるだろうか。少なくとも、涙と鼻水を撒き散らしながら訴えるコイツをみても1ミリも同情する気にはなれない。
「だまれええええええ!俺はお前のせいで全てを‥全てを失った!!命よりも大事だった妻も子供も‥何もかも俺の前から‥‥っ!!全部、全部お前のせいだああああああ!!!」
「僕は‥お前に中学の三年間与えられた痛みのせいで、まだずっと前を向けないんだ‥っ!!何度‥何度自分で命を絶とうと思ったか!!あは‥あははははははは‥!!でも今その苦しみから解放される機会をもらった‥やっと僕は少しだけ前を向ける‥。これからの未来に希望を持てる‥!!!」
先に2人が右足、左足の付け根にチェーンソーを当てる。鮮血が飛び散る中、2人とも歓喜の表情を浮かべていた。
ワンテンポ遅れて、意を決したかのように猫目の女子が左腕の付け根に回転する刃を押し付ける。
「アンタのせいで‥涼介はあああああ!!もう私に喋りかけてくれない!!私にもうあの‥優しくて温かい笑みを見せてくれない!!アンタのせいで‥っ!!!もう‥涼介は一生目を覚ましてくれないかもしれない!!許さない!私は!私は‥っ、もう後には戻れなくなってもアンタだけは‥許す訳にはいかないんだああああああああっ!!!」
彼女は大粒の涙を流しながらも決して手を緩める様子はない。自分よりもまだ幼いであろう女の子にこんな表情をさせるとは‥。
橘は麻酔のお陰でまだ痛みを感じていないのかもしれないが、視界に映る恐怖と刃の振動でずっと大声で喚き散らしている。
「ややめめひあああういああいいやめろああああががががあががばばばだだだだやめてあばががががでででがああああ」
最後に俺は、右腕の付け根にチェーンソーを押し当てる。
「終わりだ‥橘誠也‥これから起きる想像を超える痛みに震えながら、優愛を傷つけた事を後悔しろ。お前に出来る事はもう、今まで傷つけた人に詫びながら死を待つだけだ!!」
切れ味がよほどよかったのか、切断は意外と早く終わった。同時輸血のおかげか橘はまだ命を繋いでいる。切断した直後に、黒服達がガスバーナーで切断面を素早く炙った事で血も止まった。
自分達がした事ながら何とも酷い‥。バラバラ死体と一緒にシャワーを浴びても大丈夫だった俺ですら、頭痛と吐き気を催してきた。気を抜いたら今すぐにでもこの場で吐いてしまいそうなほどだ。
部屋中まさに血の海。肉が焦げる臭いが辺りに充満しておりまともに息をするだけで気分が悪くなる。
やはり他の三人は耐えられなかったようで、女子は気を失いその場でへたり込み、残る2人は嘔吐物を床にぶちまけた。
そんな状況の中でも、音無と彼女の仲間達は平然とした顔をしていた。この状況で顔色一つ変えないとは‥一体どんな経験をしたらそうなるのだろう。
音無は切断した四肢を拾い、橘の胴の上に見せつけるように積み上げる。そして無常にも、「これは夢‥そう‥夢だ‥」と虚な目で呟く橘に告げる。
「いいえ。これは紛れもない現実。貴方自身の行いが招いた結果。私達はあなたに正当な裁きを下したに過ぎない」
「いいや違う‥これは夢なんだ‥俺が‥こんな事‥ありえない‥俺がこんな目に遭っていいはずがない‥」
「はあ‥現実逃避をするのは勝手だけど、すぐに現実を思い知る事になる。貴方が無実な人達へ与えてきたのと同等以上の痛みによってね‥。せいぜい残り少ない命の灯の間懺悔しなさい」
死体に鞭打つとはまさにこの事だろう。歯をガタガタとカチ合わせて号泣する橘。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘」
「こんな汚い所に長居は無用ね。とりあえず出ましょうか」
音無は黒服に合図をして、動けない三人を担がせる。俺はかろうじてまだ歩けるので先を歩く音無に着いていこうとした。
しかしその時、音無の足が止まった。
「ああそうそう。誰も言ってなかったから肝心な言葉を私が彼に言ってあげないといけないわね」
そう言うと、音無は踵を返すと橘の耳元へ顔を寄せた。そして薄ら笑みを浮かべて無慈悲にも囁く。
‥
‥
‥
‥
‥
‥
‥
‥‥
‥‥‥
‥‥‥‥‥
「ふふふ‥『ざまあ』ないわね。た・ち・ば・な・せ・い・や・きゅん???」
「うそだああああああああ‥とうさあああああああああん」
橘はその言葉を聞くと同時に獣のように叫んでいたが、音無が扉を閉めるとピタっと声が止んだ‥。
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