第20話 メインディッシュ(3) 極悪人に情けは必要ない。

「ここで少しの間待っててちょうだい。準備が出来たらまた来るわ」


 音無はそう言い部屋を出て行った。建物の内部を少し歩いてきた所で、俺はマスクを脱がされて今放置されている。


 必要最低限のもの以外何もない簡素な部屋。中には既に三人の先客がいた。少し俺よりも幼く見える女子、俺と同い年くらいの男子、そして30代くらいの若い男。スーツを着ている事からサラリーマンだろうか?


 三人はずっと鎮痛な面持ちでベンチに腰かけている。おそらく俺と同じく橘に深い恨みを持つ者達、そして同じように音無かその仲間に連れて来られたのだろう。


 このような状況で俺も馴れ合うつもりもないのだが、部屋の空気が異常に重い。当然会話はない。今にも発狂しそうな雰囲気の男子とサラリーマン風の男に至っては、ずっとぶつぶつと何か呪詛のような物を呟いている。


 音無は何をしているんだ?もう15分程度待たされているが、とりあえずこの異様な部屋から出してもらいたい。


「アンタも橘誠也の被害者??ああ、やっぱり答えなくてもいいわ。この状況だとやっぱりみんなそうなのよね」


 猫目の少し勝ち気そうな顔をした女子が話しかけてきた。


「ああ、そんな感じだ。殺そうとしていた所に音無が来てここに連れてこられた」

「そう‥。でもあのクズは私がこの手で殺す。そこだけは譲れないわ。お願いだから邪魔だけはしないでね」


 俺よりも一回り身長が低い幼い顔立ちをした女子は、見た目にそぐわない事を言う。その目には、強い覚悟と橘への殺意が篭っている様な気がした。


 だが俺も橘を殺す事に関しては譲れない。言葉を返そうとしたその時ドアの扉が開く。


 音無だ。数人の仲間を引き連れている。その中には医師のような格好をしている者もいた。


「準備が整ったわ。四人とも着いてきて」


 俺たちは導かれるがままに音無について行く。着いた先の部屋に入ると誰かが手足をボルトで拘束されベッドに寝かされていた。外観からは分からなかったが、部屋中に医療器具が置かれており、どうやらここは手術室みたいだ。


「やめろ!!何をするつもりだ!?こんな事してお前らどうなるのか分かっているのか!!!早く解放しろ!殺す!絶対殺してやる!!


 動かない四肢を動かそうと必死に暴れて叫ぶ裸の男。未だにそんな事をぬかせる度胸は流石というべきか‥愚かだと両断すべきか。整髪料で塗り固められていた御自慢の銀色の髪は剃り落とされ、衣服を全て剥がされて拘束されている橘誠也の姿がそこにあった。


「ふふふ、この状況でまだ虚勢をはれるなんて流石ね。‥ほんっとうに貴方のその性格には吐き気がするわ‥。貴方、ここにきた四人に心当たりはあるわよね??」


 橘は顔を上げ俺たちの顔を確認すると、これから自分の身に起きるであろう事を想像したのか急に焦り出す。


「や、やめろ‥な、何を?‥やめてくれええ‥っ!!!お願いだ‥な?これを解いてくれたらお前らゴミ‥いやお前らにちゃんと謝るからさあ!?俺が出来る事なんでもするから!ちゃんと改心するから!なあ!?頼むよおおおおおおお」


 無様に命乞いを始める男。他の三人の表情を伺うと、俺と同じで当然許す気など毛頭ないようだ。もう待ちきれないと言ったように俺達は橘の元へ一歩踏み出す。


 そこで音無が待ったの号令をかける。音無が「やって」と指示を出すと医師の格好をした男が橘の両手足に注射器を差した。そして他の黒服達が、俺達四人の足下に小型のチェーンソーを置いた。


「超強力な局所麻酔をしたわ。この男の手足をそれで切り落とす、それで憎しみを全てここで解放して。今の貴方達には憎しみを解放する機会が必要よ。強すぎる憎しみは貴方達の今後の日常生活に影響が出る」


 簡単に殺さない事には賛成だ。しかし麻酔だと?何故麻酔をする必要がある?俺と同感だったのか先程俺に話しかけてきた女子が凄い剣幕で音無を問い詰めた。


「麻酔??麻酔って何よ!?コイツには地獄を味わってもらわなきゃ涼介も報われない‥っ、私は‥私と彼の為にもコイツに徹底的に痛みをわからせなければならないの‥っ!!」


 涼介‥か。きっとこの女子の大切な人で酷い目に遭ったんだろうな‥。口ぶりからしてもうこの世にいないのかもしれない。いずれにせよこの子の痛みは察するに余りある。


 俺の意見も彼女と同じだ。俺は抗議の意味を込めて音無の顔を見る。それに気づいた音無は分かっている、というようにに落ち着いて答える。


「ええ‥この男を許すつもりはない事は私も同じよ。でも考えてみて?麻酔も無しに四肢切断なんかしたら痛みのあまりすぐに死んでしまうわ。だから麻酔をして大量の輸血をしながら同時に切断、傷口はバーナーで炙って血を止める。もちろん、麻酔が切れた後の痛みのケアなんてものはナシ。するとどうなるかしら??」


 音無は一呼吸置いて、淡々と宣言する。


「麻酔が切れた後、文字通り地獄が待っているでしょうね。

十分に痛みを与えた後、誰が止めをさすのかは貴方達が決めるといいわ」


 最後に「この男にはそれでも不十分かもしれないわね‥」と付け加える。悪に対して何の慈悲もない彼女の言葉は、ガクガクと身体を震わせながら聞いている橘にとっては悪魔そのものだろう。


 だが誰も今からする残虐行為をやめようと提案する者等、この場には一人もいない。


 音無の説明に納得した女子をはじめに、俺たちは順にチェーンソーをその手に取った。

 

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