第19話 メインディッシュ(2) 最強の助っ人‥??音無 御影という女

「一体何者なんだよ‥!? お前は!!」


 余裕の態度から一変、狼狽を隠せない橘は突如現れた謎の女に問いかける。


「あら?同じクラスだと言うのに覚えてくれていないの?私悲しいわ〜」


 少しも悲しくなさそうに女は挑発したような笑みを返す。すると髪をポニーテールにした後、ポケットからメガネを取り出してかけてみせた。


「これでどうかしら?ずっと本を読んでて、本以外に一切興味なさそうな地味な女の子に心当たりない??」


 こいつは‥やはりあの時の気味の悪い女だ‥。髪の毛はともかく、メガネをかけた事で疑念が確信に変わった。外す外さないで印象が変わるというレベルではない。何か特殊な仕様が施されているのだろうか。明らかに別人である。


「まさかお前‥っ、千堂麗奈せんどうれいなか‥?お前みたいな目立たない女が何故こんな所に?それよりもそこにいる黒服の奴らは何者だ!?俺の下僕共は一体どうして血まみれになってんだよ!?」


 大量の唾を撒き散らしながら大声で喚く橘。それに対して依然として千堂と呼ばれている女は余裕の表情だ。


「全く質問が多いわね‥うるさい男は嫌いよ?ここにいるのは私と志を同じくした仲間。貴方の下僕は私達が血祭りにしてあげた。それだけよ。これでいいかしら??」

「ば、馬鹿言うな!!そんなことありえない‥っ!!何で庶民の分際でそんな事が可能なんだよ‥!?」


 やれやれ‥と鬱陶しそうにしながら千堂はメガネを外し、ポニーテールを解く。


「『音無一族』って知ってる?貴方みたいな権力に執着する可哀想なヒトなら都市伝説くらい聞いたことあるでしょ?」


 それを聞いた瞬間橘の顔が一気に強張る。俺はそんな都市伝説は当然聞いた事もないがヤツは知っているようだ。


「音無って裏で日本の秩序を守ってるっていうアノ!?嘘だ‥っ!そんなモノおとぎ話に過ぎない‥っ!!

「嘘じゃないわよ。私の本当の名前は『音無御影おとなしみかげ』音無一族は確かに実在しているわ。」


 「それに‥」と自分の事を音無と名乗った女は美しくて艶がかった長い髪をかき上げる。その刹那、ただならぬ空気が当たり一面に広がる。殺気?身体中に冷気が走った気がした。


「あなたに信じてもらう必要はないわ。だってあなたはもう『表』には出れないもの」


 冷たくそう言い放つその女に、もう恐怖など無縁の感情だと思っていた俺の身体さえも少しだけ騒ついた。本当に何者なんだよこの女‥。


「‥ええと、少しいいか?千堂‥いや音無だったか。よく分からないが、俺の助っ人に来てくれたという認識で間違いないか?」


 話す機会を逃し、今更ながら音無に尋ねる。何はともあれ橘の援軍を倒してくれた事は事実だ。助っ人に来てくれたのだと思いたい。


 そう言うと、俺の方を見た音無は殺気を放つの止め、申し訳なさそうに答える。


「あらあら?うふふ、ごめんなさい。置いてけぼりだったわね。そう言う事で間違いないわ。様子見のハズだったのだけど、事情が変わったの。」


 様子見?事情?聞き返そうとしようとした所で、ついさっきまで黙っていた橘が、顔を真っ赤にして話に割り込んできた。


「クソッ!黙って聞いてりゃあ偉そうにしやがって!!俺には都内最大の半グレグループが味方についてるんだよ!!金さえ積めば何でもしてくれるなあ!?俺に手を出したらそいつらが黙ってねえぞ??」


 後ろ盾が半グレ‥ね。優愛からその事は聞いてはいたが、どこまでクズ野郎なんだろうかこの男は‥。父親の権力を傘に来てやりたい放題し、父親の金で反社会勢力を味方につけて威張り散らす。全国行脚してもこれほどまでどうしようもない野郎なんていないだろう。


 音無も同じ気持ちなのだろうか、彼女は深いため息を吐いた後スマフォの画面を橘に見せつけた。


「貴方の言ってるのってコレの事??こんなのもう手を打ってるに決まってるじゃない。本当に頭お花畑なのね‥」


 スマフォを見た橘は「嘘だ、嘘だ」と口をパクパクさせている。はっきりと画像は見えなかったが、ここに転がっている血まみれの半グレ四人を見た限りじゃ大体の事が予想出来る。


 もう打つ手はないと絶望するかと思いきや、橘はあろうことか単身で雄叫びを上げながら音無に殴りかかってきた。どう考えても相手が悪すぎる‥。自ら死にに行くようなもんだ。


「よくよく考えりゃあ、音無一族が何だってんだ!!大層な噂だが所詮は庶民!!俺は愛国民主党副総裁の息子だあああ!!お前ら全員殺したって父さんがもみ消してくれるんだ!逆にお前ら如きが俺に手を出してみろ!お前らの人生終わりだぞ!!お前らは俺に嬲り殺されるだけなんだああああ!!!」

「危ない!」


 一応咄嗟の判断で音無の前に立ち守ろうとする俺。聞きたい事は山ほどあるが、音無が来なければ多勢に無勢で俺は殺されていた。命の恩人に怪我をさせる訳にはいかない。


「ありがとう、優しいのね。でも心配はいらないわ」


 「やって」と音無が一言指示を出すと、黒服の1人が素早く橘を取り押さえる。それでも暴れる橘の首に手際よく注射器を打ち込んだ。


 まさか殺したのか?音無を見る。少し憎しみの篭った視線だったかもしれない。橘は俺の獲物だ。


 そんな俺の様子を見て、音無は苦笑する。


「まさか、眠らせただけよ。これから橘誠也を私達一族と仲間の秘密基地に運ぶ。もちろん、あなたも来てもらうわ」

「断る、と言ったら?」

「残念だけど、そうなると私達の存在を知った以上、死んでもらうしかないわね。貴方にそんな事したくないし来てくれる事を願うわ。それに‥貴方には見込みもあるしね」



 だろうな‥。今までの会話の流れからしてそう言われる事はわかっていた。となれば俺の選択肢は一つしかない。橘をこいつらに取られるなど、あってはならない。


「わかった。ついていく」

「うふふ。感謝するわ」


 そう言うと、いきなり黒服に動けなくされ、マスクを被せられた。


「‥‥どういうつもりだ??」

「心配しないで。手荒な事をするつもりはないわ。目的地に着くまであなたには目を閉じていてもらう。質問は車の中で聞くわ」


 手を引かれるまま、車に乗せられる俺。口元は空いており普通に呼吸も出来る。隣の席からは女性特有の甘い香りがする。車にエンジンがかかると、隣の席から声をかけられた。


「貴方が廃墟でやった事は、あの半グレ達がやった事にするからそれについては心配しなくていいわ。」


 ‥‥やっぱり。俺がここでやった事はお見通しだったか。どこまで知ってる?まさかアノ事までこいつらは既に知っているのか?


「全て知っているわ。‥‥ふふふ。その顔、流石に今の貴方でも動揺するのね?大丈夫、私達は『相応の理由が伴う暴力、殺生』には裁きを下さない掟なの。」

「俺が殺した男は‥確かに毎日命の危険を感じる程の暴力を俺に振るってきたが、それだけの男だ。そんな男を殺した俺は裁きの対象ではない、と??」

「私達の価値基準ではそうなるわね。あなたは毎日殺されてもおかしくない程の暴力を受けていた。それで殺したとしても正当防衛だと私達は判断する。貴方が地下室に閉じ込めている母親に対しても同じ。私達は貴方を悪だとは思わない。でもそれだけでは私達は助けを差し伸べられなかった‥」


 なるほど‥。こいつらには確固たる価値基準があるようだ。音無は続けて言う。


「あなたのような不幸な人達は世の中に数えきれない程いる。全員を助けてあげたいけど、数があまりにも多すぎるの‥。そんな事をすると社会が混乱してしまうわ。だから私達が助けるのは3つの種類の人間。1つ目は、『どうしようもない理不尽な目に遭っていて、頼れる人が一人もいない人。』2つ目は、『権力のせいで表で充分に裁けない極悪人且つ一線を超えた人』3つ目は、『法の裁きを流れた大罪人』」


 勝手に俺は裏で暗躍する闇の組織だと思っていたのだが違うのだろうか?音無の言う通りだと、俺にはどうしても悪の組織だとは思えない。それどころか弱者の味方のような印象を受けた。


 音無が次に言った言葉は、どこか声が震えているようだった。


「あなたの事は、私もずっと観察していたし、私達の仲間の報告で辛い境遇は知っていたの‥。でも助けるまではいかないと私達は判断してしまった。あなたの側にはいつも「天音優愛」さんというとてつもなく大きな存在がいたわ。毎日のように酷い目に貴方は遭っていたけれど、天音さんがいたおかげなのか、あなたの目はまだ光が灯っていたわ。私達が助けてあげれるのはさっき言ったように『どうしようもない理不尽な目に遭っていて、頼れる人が一人もいない人』だけ。

そのせいで、あなたを助けられず手を汚させてしまった‥。

本当にごめんなさい‥っ」


 待て待て。なんで音無が謝るんだ?俺が色々やってきた事は全部俺自身の責任だ。誰かに謝られる筋合いなんてない。


 でも‥顔はマスクのせいで見えないが、音無は心から謝罪してくれているのだろう。俺の事を心配して気遣ってくれている事は声の様子からも分かる。優愛以外の相手から温かな気持ちをもらったのは初めての事だ。


「‥何で音無が謝るんだよ。いいって俺が自分でやった事だし」


 どう答えたらいいか分からなくなり、言い方がつっけんどんになってしまう。


 音無はまた「ごめんなさい‥」と言って、しばらく無言になってしまった。車内には他にも人がいるハズなのに全く気配を感じない。


 何となく気まずくなり話題を探す。あっそういえば‥


「昨日の帰り際に言ったあの気持ち悪い言葉なんだったんだよ?今の音無からは全然考えられないんだけど」


 昨日は確か「いい顔になってきた‥血のにおいがする」とか言われたっけ?気味が悪かったので今でも鮮明に覚えている。


「あ、あれは‥!怖がらせるつもりではなかったの!その事についてはまた後で話すわ!」


 「そんな気持ち悪かったかしら‥」と少し落ち込んだ様子の音無。いや、かなり気持ち悪かったぞ‥?


「あら、もう着いたわよ」


どうやら結構話し込んでいたらしい。目的地に着いたみたいだ。


「橘 誠也は一線を超えた。さあ、行きましょう。この男に全てを奪われた三人の被害者達も中で待っていると思うわ」


 俺は導かれるがまま建物の内部へと連れて行かれた。

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