第18話 メインディッシュ(1) 殺意に溺れる禍稚傀。まさかの危機‥!?

 気を失って寝ている三人を別の部屋に運び出し、橘 誠也を待つ。


 一人で三人を運び出すのは相当骨が折れる作業だったが、先程までの惨劇はあくまで余興。メインはこれからだというのに疲れてなどいられない。


 橘 誠也。俺に1年間非道の限りを尽くした男。なによりも最愛の優愛を傷つけ、唇を強引に奪い、精神的に追い詰めた相手。俺にしてみれば、16年間俺を家畜として育てて虐待をしてきた母親より、たった1年間関わった橘の方が憎い。


 母親に対しては痛めつけてやろう、思い知らせてやろう、別にその過程で死んでしまっても構わないとさえ思っている事は事実だ。だが橘に関してはそうではない。


 明確且つ強烈な殺意を抱いている。「死んでもまあいいか」ではない。確実にこの手で殺してやりたい。もはや制御不可能な程憎しみ、殺意は増大している。


 俺は本当に狂人になってしまったのだろうか。常識的に考えれば、普通相手を殺そうとまでは思わない事は承知している。別に優愛を殺されたわけではない、自分でもやりすぎな事はわかっている。


 事実、復讐に取り憑かれ自分の母を拷問し、殺人を犯す前の俺だったなら違った報復の方法を考えたのだろう。


 だがもう手遅れなんだ。何も後先の事など今は考えられない。優愛が傷つけられた。この事実だけはどうしても許容する事などできない。


 早くブチ殺してやりたい。頭の中は「殺」一色。時刻は約束の深夜2時になった。まだ橘は現れない。


 深夜2時15分。橘はまだ現れない‥。


 まさか‥。来ないのか‥??


 最悪のその可能性が頭をよぎったが、その時廃墟の入り口のドアがゆっくりと開いた。


「‥‥。ゴミの分際で俺をこんな時間にこんな汚い場所に呼び出して、一体どういうつもりだ??三人に何でも差し出すから一度だけ頼みを聞いてくれと懇願されて仕方なく来てやったが‥」

「待ち侘びたよ‥本当に‥来てくれてありがとう‥」


 相変わらずの尊大な態度の橘に来てくれてありがとうと場違いな礼を言ってしまう俺。本当に嬉しいのだからしょうがない。ありがとう‥殺されに来てくれて‥。


 橘は俺が笑顔になると心底気持ち悪そうに顔を歪めズカズカと歩いてくる。


「気持ち悪いんだよ‥ゴミ。笑うな。昨日いきなり笑い出した時も思ったが本気で頭がおかしくなったようだな。そんなに天音優愛が俺に取られた事が悔しかったか?可哀想になあ

??」


 下衆な笑みを浮かべる橘。まだ距離がある。もう少しだ‥。来てくれ、早くこっちに‥。


「本当お前みたいなゴミにはもったいない女だよ、天音優愛は。ああそうそう、胸も大きくて柔らかくて最高だったよ。高校に入って色んな女を抱いてきたけど、あんな女はいなかったなあ〜??」


優愛をお前みたいなクズが語るな。


 橘 誠也がついに目の前まで来た。蔑んだ目で俺を見て問いかける。


「‥‥つまらん。何とかいったらどうだ?まあいい。ゴミ、三人はどこだ?」


 ここだ。俺はいきなり立ち上がりポケットに入れていたスタンガンを橘に押し付ける。怯んでスキを見せた所に顔面をぶん殴る。


 こいつには道具はまだ使わない。身体がボロボロになるまで俺の手で痛めつける。


「お前のようなクズ野郎のせいで!!!」

ドッ!ガッ!

「優愛がどれだけ傷ついたか‥っ。追い詰められたか‥っ」

バキッ!ドゴッ!

「分かってんのか!?お前だけは絶対に殺す!!!」

ドスッ!! ドンッ!!!


 最後思い切り蹴り飛ばしたせいで壁に勢いよくぶち当たる。


「かはっ‥っ。くくくく‥あははははははははははは!」

「‥何がおかしい?」


 血反吐を吐いた後、橘は目に手を当てて豪快に笑い出す。


「まあ、こんな事だと思ってたんだよ‥。おかしいだろいきなり廃墟にこんな時間に呼び出すなんてよ??三人はここにいないって事はやられたか?あいつらが俺を呼び出しておいて帰るなんてふざけた真似出来る訳がないからなあ‥。」


驚いた‥。コイツこんなにも頭が回るのか?いや‥俺が馬鹿だっただけか‥。こんな時間にこんな所に呼び出されたら何か裏があるんじゃないかなんて誰でも考える。あの三人は弱みを握られていたから怖くても来るしかなかったが‥。橘は違う。誰でも少し考えればわかる事だ。


 復讐に取り憑かれ過ぎてとんだ大きなミスをしてしまった。この調子じゃ援軍が‥。


「こんな事もあろうかと俺が携帯を鳴らしたら下僕が助けに来る手筈になっているんだよ。この時間だから四人しか呼べなかったがすぐ近くに待機させていた。お前に殴られている間俺が何もせず馬鹿みたいにやられるがままだったと思うか?」


 発信画面を表示させた携帯を目の前にブラブラさせて醜悪な笑みを浮かべる橘。


 不味い‥。俺には武器があるといっても流石に多勢に無勢か‥?これでは‥。


「勝てると思ってたよなあ?悔しいよなあ?せっかく散々虐められてた俺に復讐できるチャンスだったのに残念でちたー!!あーかわいそうだなあ‥。そもそも家畜の分際で俺に逆らうなんざ生意気なんだよ!俺を殴ってくれた分、100倍にしてお前を玩具にしてやるよ!!今どんな気持ちだ??教えてくれよおい!!」


 勝利を確信した橘は煽り文句を捲し立てる。その時ドアが勢いよく開いた。早くも橘の援軍が来たか‥??


 入ってきたのは黒尽くめで顔が隠れるマスクをかぶった男たち。入ってくるや否や、彼らが担いでいたモノを中に放り投げた。


 呻き声を上げ血まみれになった半グレのような風貌の男四人が部屋に倒れ込む。


「え‥?は‥??」


 目に映る光景が信じられないというな橘の様子。おそらく援軍で来てくれる予定だった奴らなのだろうか?


 呆気に取られて俺は何も言えないでいると、最後に一人の同い年くらいの女子が入ってきた。一目見て美人と分かる女は上品に笑みを浮かべ、橘にウインクを決める。


   「ふふふ‥。ねえ、今どんな気持ち???」


 その声は、昨日学校の帰り際に会った女子の声に似ていた。

 

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