第16話 叛逆の狼煙

  数日間欠席した後の初登校、俺は授業が始まる直前のクラスの前まで来ていた。


 『わざと奴らの玩具にされる』。それが俺が今日最初にやるべき事だ。


 暴行の様子を動画に収め、脅しにつかう。もちろん橘誠也にそんなモノが通用するなんて思ってはいない。


 俺がまず狙うのは奴に従う屑共三人だ。見た感じあの三人は特に橘誠也に忠誠を誓っている訳でも、恩義を感じているわけでもない。ただ権力に媚びへつらう矮小な存在である。

奴らには脅しの効果はあるだろう。少なくとも、少しばかり俺の言う事を聞かせるくらいには。


 スマフォのボイスレコーダーを起動しておき、教室の中に入る。中に入ると、クラスの大半が見てはいけない物を見たという顔で、一瞬俺の方を見て視線を逸らす。


 いつもの光景だ。直接手は出してこないが、関わりたくないと第三者の立場を徹底する。まあ仕方ないと言える。それがこのクラスで橘誠也に目を付けられず生きていく唯一の方法なのだから。


 しかし、その中で偉そうに足を組みながら最後列に座る金髪の男が俺の存在に気づき舌打ちをした。周りには三人の屑を今日も従わせている。コイツこそ俺と優愛を苦しめてきた――橘誠也である。


「チッ‥。ゴミが‥っ。俺に自分のヒーローを寝取られたカスが学校に何の様だ??いつもみたいに家畜として扱われる事が恋しくなったのか??」


 思っていた通りの発言、流石は下衆の考える事である。実際には寝取られていないのにあたかも優愛を手に入れた様に言い、俺に精神的ダメージを与える事が目的なのだろう。


「ここに跪け、ゴミ」


 橘は床を指差して当たり前のように命令する。


 俺は無視して自分の席に座ろうとするが、そんな反抗気味な俺に苛立ったのか橘は腰巾着に指示を出す。


「相川、ゴミを連れて来い」


 命令された相川は忠犬のように俺を力づくで引きずろうとした。


「へへへっ、悪く思うなよ」


ヘラヘラと気持ち悪い笑みを浮かべた相川が愉しそうに耳元で呟く。いつもの俺ならここで力強く抵抗するが、今日はほんの少し抵抗するだけで大人しく連れて行かれてやる。


 ‥全く晴れ晴れするほど、今日もコイツらはクズっぷりを披露してくれるな。


「なんだ、その反抗的な目は。わからせろ、世良、相川」

「「おう」」


 バキッ!! ドカッ!!


 俺はいきなり二人に力の限り顔面を殴られ、その場に倒れうずくまった。起き上がろうとしても速水千尋が俺の顔を踏みつける。


 速水は指示された訳ではない。学校を牛耳る上級国民様に気に入ってもらいたくて必死なのだ。


「本当、憐れね‥。気持ち悪い。早く自殺したら??」


 心底見下した目で俺を見下げ果てる女。そんな速水を見て少しだけ満足そうな表情をした橘は、身動きの取れない俺の腹をまた蹴り上げるだ。


「今どういう気持ちだ!? お前の大好きな女は、お前が心底嫌いな俺のモノになった!!


抵抗しようとしない俺を何度も蹴る。


「お前はもう成す術も無く、これから毎日、毎日俺に蹂躙されるんだ!お前の味方はもうどこにもいない!なあ、今どんな気持ちだ??言ってみろよゴミ!!」


 自分の絶対的優位を信じて疑わず、もはや人間と思えない醜悪な笑みを浮かべながら暴行を加え続ける橘。それを止めようともせず口々にクズだのゴミだのただ嘲笑う三下共。


 笑えるよな。こんな奴らが何の制裁も受けず、のうのうと学校を卒業して普通に就職して‥幸せになって。


 こんな理不尽を受けてるのは俺だけじゃない筈だ。全国範囲なら、コイツらみたいな屑に苦しめられ苦渋を呑んでいる人達はいっぱいいるんだろうな。


 本来痛いハズの俺の身体は全く痛みを感じていない。暴力に身体が慣れきっているからか、感覚がもうほとんど麻痺して痛覚すらもまともに感じない。まるで薬に身体が侵されているみたいに。


 それどころか、俺はこの状況に快感すら感じていた。


 今の所、全て計画通り。むしろ今までの日常よりも激しい暴行を加えられたおかげか、こいつらに一切の情け容赦せずに済む安心感すら得ていた。


「アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ」


どうしても笑いを堪えきれず、一目も憚らず爆笑してしまう。橘達だけでなく、見て見ぬフリをしていたクラスの連中の視線も一気に俺に集まる。


「‥‥ふっ、あまりに悲惨な自分の状況にとうとう狂ったようだな」


 橘は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、ただ俺がとうとう狂ったのだと見下す視線を向ける。手下共も一瞬驚いていたがすぐに橘と同じように俺を見下しアホ面にニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべた。


「‥え、えーと、それでは皆さん、授業の変更がありまして

今からみんなで教室を移動してもらいます」


 どうやら担任の教師が既に入ってきていたようである。明らかに俺が暴力を一方的に受けている様子を目にしても、怯えてどうする事も出来ないといった態度、流石におかしいと俺は思っていた。


 だが、優愛から副総理の息子という立場の橘がどれだけ影響力があるかを詳しく聞いた今の俺なら、この教師の対応も頷ける。橘に従わなければ、学園ひいては社会全体から首を切られるのだ。そうなら誰でも自分の身を守る為に、一人の特に愛着のない生徒など見捨てるだろう。


 それでも、俺はこの担任含む、この学園の教師共をゆめゆめ許すつもりはない。全てカタが付けば矛を向けさせてもらうつもりだ。事情は分かるが、憎まないかどうかは別。どうでもいい他人に同情するような心はもう持ち合わせていない。


 まあ、これもそれまで俺が捕まらなかったらの話だが‥。プランを考えるくらいは自由だろう?


 担任の教師が移動教室を伝え出て行くと、クラスの連中も続いて教室を後にした。橘も最後に俺に唾を吐いた後、腰巾着を連れて移動しに行った。


 俺は全員教室を出た事、誰も見ていないかを念入りに確認し、隠していたカメラを確認する。


 しっかりと4人が無抵抗の俺に暴力を振るう姿が写っていた。起動していたボイスレコーダーにも俺に対する罵詈雑言がはっきりと録音されていた。


 とりあえず第一プランはクリアだ。しかも想定以上の成果が上げられた。今日は一旦帰宅し、放課後にカメラを回収して、この映像を餌に明日まず三人を揺すろうと計画していたが、移動教室になった事は都合がいい。


 これで反撃を明日まで待つ必要はない。あいつらは何も考えず、馬鹿みたいに休み時間になるといつも通り俺を人気のない場所に呼び出すだろう。


 その時に数発わざと殴らせ更なる証拠を得た後に脅す。問題は橘から三人をどう引き剥がすかだが‥。


 授業には出席せず、必死で考えたが結局いい案が浮かばなかった。まあいい、まずは流れに身を任せてスキを狙うとしよう


 考えあぐねて自クラスに戻った所で終業のチャイムがなり、橘達クラスメイトが教室に戻ってきた。


「やる事ががあって次の休み時間はゴミに構う事が出来ない。代わりに三人でゴミを可愛がってやってくれ」


 何たる幸運だろうか‥!天は俺に味方していた。これで残る三人を計画通り脅す事ができるではないか。


 ニタニタ下衆な笑みを浮かべながら近寄るクズ三人。


「来いよ。橘さんがいないからって変に安心してるんじゃねえだろうな?」


 世良にそう言われ、無抵抗な俺は三人に屋上まで連れて来られた。この学園では珍しいことに屋上を解放している。昼休みになると、昼食を食べに来る生徒たちで賑わうが、授業の合間の短い休み時間に屋上に来る生徒など滅多にいない。


 俺が毎日、休み時間にここでクズ共のお世話になっていた事も人がいない原因の一つだろう。案の定、今日も誰もいなかった。


 早乙女によってフェンスに身体を押され、足を踏まれて平手打ちされた。続いて世良、相川から殴る蹴るの暴行を受ける。


「早く死になさいよ!クズ男」

「オラァ!いつまで学校来てんだよゴミぃ!」


 暴行を受けるのはこれくらいでいいか。これ以上受けると流石に身体のダメージが‥痛覚がいく麻痺していようが、身体そのものがダメになっては困る。


 今日のお楽しみの時間に支障が出てしまう。


 自分達が今日どんな目に遭うかなど、まるで頭にないクズ三人のアホ面を見ると


「ククククク‥アハハハハ」

「何よ‥?今日変な笑い声ばかり出して気持ち悪いわね」

「お前らって本当にバカだよなあ!?全部俺の計画通りに動いてくれて笑いが止まらねえよ!」


 そういって先程クラスで回収した隠しカメラの映像を三人に見せつける。


「あーあー‥。派手に今日もやってくれたなあ?てかいつもより激しいなあこれ。ネットにこの動画あげたらどうなるかなあ??」

「‥‥っ!!いつの間に‥!?でもそんなもん橘がいくらでももみ消してくれるだろ‥っ!!」

「本当にそう思うか??全世界の人間が視聴できる動画サイトに上げるんだぞ??いくら橘の父親の権力が強いといっても限界がある。そうなると自分以外の人間を見下してるアイツはどうすると思う??間違いなくお前らを売るだろうなあ?この映像は音声まで録音されてない。お前ら三人に脅されて仕方なくやったとでも言うんじゃないか??そうなるとそこは日本国民に愛されてる副総理の息子様だ。橘の実態を知らない善良な国民達はみーんなアイツの味方をするだろうなあ??」

「‥‥‥‥」


 橘の人格はコイツらも理解しているのだろう。途端に三人の顔が青ざめていく。


するといきなり相川がカメラを奪おうとしてきた。しかしそんな事は既に予想済みだ。


 ‥が、焦って行動した猿の行動など嫌でも喧嘩慣れせざるを得なかった俺に躱せない訳がない。何なく躱してさらに三人を言葉で追い詰める。


「おっと、無駄だ。俺は今までお前らの暴行の証拠を収めたビデオを他にも山程所持している。ちなみに今、この場の映像も屋上に仕掛けたカメラで録画している。今後お前らが俺

に指一本でも触れたら即座に動画を投稿する。自分達の置かれている立場が分かってきたか??猿共。」


俺はスマフォを取り出し、わざとらしくボタンに触れるように上にかざす。もちろん動画は現在自クラスで先程収めた映像と、屋上に設置してあるカメラで撮っているもののみ。 


 屋上のカメラはまだ回収すら出来ていない。


 愚かだった俺はこれまで毎日暴行を受けていたものの、その映像を収めてこなかった。つまり教室に仕掛けたカメラ以外今はハッタリである。


 しかしまともな思考が出来ていない目の前のクズ三人にはそれでも十分効果的だった。三人の顔がみるみる青ざめ初めていく。

 

「映像くらいでこんなに慌てふためく小物が。んな事なら最初から手なんか出してんじゃねーよ」

「嘘‥。ウソよ‥っ!!」

「嘘じゃねーよ。何なら早速試してみるか??お望みならそれでもいいぞ??」

「や、やめて!!!」


 ずっと高慢だった速水の焦りきった今の顔に、たまらずプッと吹き出す。


「何が目的だ‥??土下座でもすればいいのか?金か?好きなだけ殴られたらいいのか??」

「ははっ、何を勘違いしている??俺は優しい男だ。お前らも知っているだろう??一つだけお願いを聞いてほしいだけだ。お前らは橘と一緒に今日深夜2時に学園の近くにあるホテルの廃墟に来てほしい。あー。お前らは1時間早く、深夜1時に廃墟に来てくれ。俺の要求はこれだけだ。なーに、何も取って食おうなどと思っちゃいない。お前らと俺の今後について話し合いたいだけだ。もちろんお前らが来なかったり、橘を連れてこれなかったり、橘にカメラの事を話したり、少しでも下手な事をすればすぐに動画を全世界にばら撒く。お前らに拒否権はないハズだ。な?別に簡単な事だろう??」


 3人はかなり訝し気に俺を見ていたが、拒否権がない事はしっかりと理解したようだ。顔を見合わせた後渋々了解した。


 帰ってよしと一言言うと、ゆっくりと屋上を出て行く三人の姿は非常に滑稽で可愛くすら思えてくる。


 ああ‥早く遊んであげたいなあ‥。


 屋上に仕掛けたカメラにも、クズ三人の悪行はしっかりと録画されていた。あとは奴らが時間通りに来るかどうか、橘を連れてくるかどうかだが‥。自分達の人生がかかっているのだ。三人が来ない事はないだろうし、死に物狂いで奴らは橘を説得するだろう。


 1人屋上で呼吸を整える。下準備は全て終わった。ついに叛逆の狼煙を上げる時が来たのだ。


 深夜になるのをこれ程までに待ち望んだ事はない。


 もう学校に用はない。時間まで自宅待機あるのみだ。


 もう学校に用はない。教室に戻り鞄を取った後、いざ帰ろうと教室を出た時――


「‥血の匂い‥貴方‥そう‥一線を越えたのね?」


 その時クラスの女子とすれ違った。名前の思い出せない眼鏡をかけた地味な女子は、確かに俺とすれ違い様に気味悪くそう言った。


 いつも本を読んでいてイジメに参加する事はなかったが、今までまるで教室での凄惨な虐めに興味を示さなかった女子。


 多少気味が悪かったが特に意味を確かめようともせず、俺は学校を出た。

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