第14話 地下の様子見
優愛と別れ帰宅した俺は、まず地下室へ向かう事にした。
色々と頭を使いすぎたのと、走り回った事で頭痛が酷く体力の消耗が著しい。正直今は一刻も早く眠りにつきたい気分だそんな弱音を吐いている場合ではない。今どういう状態なのか確認し、最低限の清掃を行わねばならない。
環境のせいであの女に病気になられては困るのだ。清掃といっても市販の洗剤を使う程度なのだが、何もしないよりは随分マシになるだろう。
衝動的に復讐を果たしたものの正直その先はノープランだったが、共犯にさせた以上当然解放は出来ない。人に飼われ、奴隷のような扱いを受ける事がどれだけ辛く人間の尊厳を傷つけるかを思い知ってもらう。
ありったけの清掃道具と、俺の与える水と食糧を用意して地下へと向かう。
地下室のドアを開けると、中から酷く冷たい風が吹いた。
うっ‥何だこれは‥‥臭すぎる‥‥
改めて見るとその異常さに思わず声が出てしまう。殺した男の首から流れ出た血液で床は汚れ、独特の生臭さが部屋に充満していた。
ある程度の悪臭は予想していたのでマスクをしているが、とても布一つで防ぎきれない悪臭。とても長居できる場所ではない。
女の様子はというと、動いた気配もなくロープで大人しく繋がれたままだ、呼吸で胸が上下しているので生きている事は確認できる。
まあ、一日何も飲み食いしないだけで大事になる事はない。よくよく考えれば女には特に暴力も振るってないしな。
地下室に来てまだ数分だというのに、もう気分が悪くなってきた。別に女に手厚い情けをかけるつもりはないのだが、このまま何の処置も施さなければ確実に病気になってしまう。
女にはこの暗くて静かな場所に放置される事の辛さを十分に思い知って貰わなければならない。病気になどなられては困るのだ。
まずは持ってきた物を与える事にした。近づいて水の入ったペットボトルと食料を手の届く範囲に置く。すると女の視線がゆっくりと俺の方へ向いた。
さぞかし怨恨をぶつけられるんだろうな。まあ当然だろう。それだけの事をしたのだ。
自分に逆らう事はないと思っていた家畜に激痛、屈辱を与えられ、地獄のようなこの地下室に何時間も放置され、さらに今ただの水を散々見下してきた者に恵んでもらうというのだ。殺してやりたいと憎まれて当たり前である。
「か、かちく‥。ごめんなさ‥い。ほんと‥う‥に」
一体何のパフォーマンスだ??この部屋に放置されていたせいで気が狂ったのだろうか??それにしては演技とは思えない悲痛な表情を女は見せる。
俺は特に気にせずに「飲め」とだけ告げて部屋の掃除に取りかかった。
散らばった血液を雑巾で拭き取り、バケツの中に絞り入れる。新品の雑巾が一瞬で真っ赤に染まり、これを何度も繰り返しバケツ一杯になった血液を風呂場に持っていき流す。
もう遺体の喉元からは血が流れてはいない事が救いだ。雑巾である程度血を拭き取った後は、綺麗なバケツの水を床に何度も撒いて、少し赤く染まった水をまた掬い取る。
そして最後に消臭剤を部屋中に撒く。これが今俺ができる限界。とんでもない悍ましい事をしているにも関わらず、至って冷静な自分がいた。
見た目は大分綺麗になったように思う。匂いも先程とは段違いだが、やはり染み付いた血の匂いはなかなか取れないようで酷い悪臭は未だ蔓延している。
俺は遺体を淡々とおんぶで担ぎあげる。部屋を出ようとした所で女の様子を確認したが、まだペットボトルの水の量は減っていない。
「死なれては俺が困る。飲め。」
「ごめんなさ‥い。かちく‥。わたし‥。」
「‥‥‥っ!」
ドンッ!!
予想していなかった女の態度に、何故か分からないが無性に腹が立ち勢いよく地下室のドアを閉めて風呂場へと向かう。
遺体がとにかく巨体な為に息も切れ切れになりながらも、風呂桶の中に遺体を放り入れた。
とんだ重労働だ。これからバラバラにしないといけないというのに、既に身体は悲鳴を上げている。
残りの体力を振り絞って、遺体をノコギリで出来る限り細かく切り分ける。切れ味が悪いのか、こういうものなのか映画で見るようになかなか上手くはいかない。一箇所切り落とすのにも簡単にはいかなかった。
酷い匂い、目の前のグロテスクな光景、まともな感性をしている人間なら到底行える所業ではないだろう。
しかし、自分でも驚く程俺は冷静で、淡々と作業をこなしていた。やはり俺は一線を超えて、感覚が完全におかしくなっているのかもしれない。それでも別にいい気分ではない事は間違いないが。
この男は最低の男だった。やることと言えば酒を浴びるように飲んで俺を毎日殴るだけ。寄生虫のようにこの家に居座り、働きもしないで金を酒代に費やす。絵に描いたようなクズ。死んでもいいような男だ。いや死ぬべきである男だ。
日々受けていた俺の痛みを知るものがもしいるならば、誰も俺を非難できないだろう。
後悔という感情は一切ないが、制裁を加える人間は吟味しなければならないな。毎日殴られる蹴られるぐらいでその都度殺害していたら、俺はこれまでの人生で何人殺害しなければいけなかっただろうか。その都度殺意を抱いて殺していたらそれこそただの凶悪殺人犯で救いようがなくなる。
今後の殺人の指標としては‥‥そうだなあ。まず優愛を傷つけた者は必ず殺すのは当然。これは言うまでもなく確定事項だ。であれば橘誠也には勿論死んでもらう必要がある。
そしてこの動かなくなった死体のゴミクズのように、俺に死を感じさせる程の暴力を与えてきた者は殺すとしようか。
そうなると、橘の金魚のフンの世良恭平、早乙女千尋、相川達也も殺そうかな?いや殺すのは流石にやりすぎか‥それでも地獄くらいは見て貰おうか。
最悪死んだら死んだでそれでいい。
一人殺そうが五人殺そうが大して変わらんだろう?
‥‥いけないな。どうにも思考が極端に危険になってきてしまっている気がする。少しでも気を抜けば狂気に支配されてしまいそうになる。
優愛‥‥
俺はもう優愛や、優愛が大事にするモノにしか人間らしい感情は抱けないみたいだ。
いつ捕まるかは分からない。その前に優愛の人生の障害だけは何としても俺が排除する。
今は出来る事をやるだけだ。俺はバラバラになった死体を風呂桶に乱暴に投げ入れる。全ての血を抜く為しばらく風呂桶に放置する事にした。
バラバラ死体が入った風呂桶の横で、溜まりに溜まった疲れを取る事にする。すぐ側に血の海に浮かぶ死体の横で側でシャワーを浴びる姿は、我ながらシュールすぎる光景だ。
身体は綺麗になったが、風呂場の匂いは最悪でいまいちスッキリしない。まあ身体が綺麗になりさえすれば今はどうでもいい。
着替えを終え、寝る前に何となく気になって、女の様子を見にいく事にした。
ペットボトルの水はまだ減っていない。未だ飲む気配すらなかった。
「かちく‥。ごめんなさ--」
「やめろ!!謝るな!!お前はいつもみたいに俺を見下して罵っていればいいんだ!!そうしないと俺が‥‥」
そこで言葉を言うのを辞めて、寝室に向かった。
何故か少しだけ動揺している自分がいる。他人には何の感情も抱かなくなったはずなのに‥母親とも言えない女のあんな姿を見て、この期に及んでまだ同情していると言うのだろうか。
やめろ‥‥謝るな‥そうしないと俺が悪いみたいじゃないか‥‥
身体は疲れ切っているはずなのに、中々眠りに着くことが出来なかった。
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