憎悪
第13話 甘えん坊になった優愛。だけど俺はいつか‥‥
もうどれだけお互いの口内を掻き回していたのだろう。
お互いあまりもの快感のため、我を完全に忘れている。もう口の中の水分はカラカラだ。
雨が止んだため、周りにもポツポツと人の歩く姿が見え始めてきた。公園の光景を見て何事かと足を止める人もチラホラ‥‥
名残惜しいがそろそろ視線が痛い。これじゃあまるで見せつけているみたいだ。
そろそろ優愛を身体から引き剥がそうとゆっくり力を入れる。優愛の両親も物凄く心配させているだろうし、少し申し訳なくなってきた事もある。
「んっ‥。離れちゃ嫌だよ‥。」
「そろそろ家に帰ろう‥。おばさんも心配してたしな」
「もう少しだけ‥」
それでもキスを迫ってくる優愛に一度だけキスした後、少しだけ力を入れて優愛を引き剥がす。
俺だってずっとこうしていたいよ。
優愛はむうっと子供みたいに拗ねた後、周りを見て我に返ったのか頬をみるみるうちに赤くさせた。普段見せないそんな姿は新鮮で、ずっと見ておきたい気持ちをグッと堪える。
暗闇の中で僅かな光に照らされた横顔が、とても綺麗だ。
今まで距離が近すぎて、あまり考えた事なかったが、優愛ってこんなに可愛いかったんだな。
ずっと彼女に恋をしていた。だけど顔を意識して見るのは凄く久しぶりな気がする。
「私ったら‥。つい夢中で‥っ。恥ずかしいいいい‥」
「ははは‥。」
二人で笑い合い、余韻に浸ろうとした時、重大な事を思い出し胸がかつてない程に痛んだ。あまりの痛みに俺は胸に手を当て苦悶の表情をしてしまう。
そんな俺を、優愛が心配そうに見つめる。
「え‥かっちゃん!?大丈夫!?」
「大丈夫‥。ごめん、ちょっと走ってきた疲れが今来ただから」
違う。そんな事じゃない。
優愛を追いかける事に夢中で他の事に頭が回らなかったが俺は人を殺したのだ。せっかく優愛と両思いになれたといってもいつ会えなくなってもおかしくない。
その日は早ければもう今日かもしれない。
その事を思うと、そしてその日が来た時の優愛の気持ちを考えると胸が張り裂けそうになる。
だが先程まで寒さで震えていた優愛に、これ以上俺なんかを心配させて負担をかける訳にはいかない。
「本当に大丈夫なの?凄い汗の量だけど‥‥」
「大丈夫だって!ほらっ。手を繋いで帰ろうか」
俺は何とか痛みを堪えて優愛に微笑みかけて手を差し出した。
まだ不安げながら、優愛は嬉しそうにその手を握る。
二人共帰るのが名残り惜しい為自然と歩幅は狭くなる。二人で手を繋ぐのなんて小学生の時以来だろうか。
考えるのは後だと思うようにする事で、胸の痛みも少しずつ引いていった。
「そう言えば、お母さんに会ったんだよね‥?酷いこと言われなかった?」
「いや、本当にいいお母さんなんだろうなと思ったよ。ちゃんと優愛の事考えてくれてる。関わるなと言われちゃったけど‥‥」
そう言うと、優愛は繋いだ手をブンブンと振り回しながら怒ってしまった。「関わるなと言われた」の所は余計だったかもしれないな。
彼女のお母さんは何も悪くない。俺が彼女の母親でもきっとそう言っていると思う。
でも‥それでも俺は優愛だけはどうしても諦められないと、彼女のお母さんに言った想いは事実だ。
同時に自分が今凶悪殺人犯に成り下がっている現実をまた思い出してしまう。
想いだけではどうにもならない。
行った行為自体には後悔していない。あのままでは俺は遅かれ早かれいつかあの二人に殺されていただろう。
凶行に走ったきっかけ放課後の出来事だったとはいえ、俺が壊れるのは時間の問題だった。
その時が遅いか早いかだけだ。結局俺は必ず同じ事をしていた。それは断言できる。
考えなければいけない事は山積みだ。俺は曇る笑顔を隠して、自然を装った。
優愛が今までどんな状況に陥っていたのか詳しく聞く。
相当追い詰められていたようで、震えながら経緯を話す彼女の手を強く握りしめた。
話を聞けば聞くほど橘誠也に対する憎悪の感情が燃え上がる。
もう傷つけさせない。誰にも。絶対に。
優愛には、俺が大丈夫というまで学校には行かず家で待機して欲しい事、念の為優愛のお父さんにも出来るなら仕事を休んで欲しいという事を伝えた。
俺が策がある事を伝えると、優愛は心配そうにしながらも了承してくれた。特に彼女が学校に行く事は絶対にダメだ。橘をどうにかしない事には、あまりに危険すぎる。
優愛の家が近づいて来るにつれ、二人の足取りがさらに重くなる。
「毎日電話するからね‥。あと、今度かっちゃんの家絶対行くから」
「ああ、待ってる」
スマフォが自由に使えるようになった事、家庭の問題がとりあえず片付いた事は彼女に伝えた。いきなりの事だったので「どうやったの?」と何度も聞かれたが適当にごまかしておいた。当然もう男は殺して、母親は地下室で飼ってます等とは言えない。
彼女が家に来るとなると、流石に死体を放置したままはやばいな。さて、どうするか‥。
二人で可能な限りゆっくり歩いたのだが、もう優愛の家が目の前の所まで来てしまった。
家の前には優愛のお父さん、お母さんがあたふたしている姿が見える。
ふとご両親と視線が合う。優愛の存在に気づいた二人は血相を変えて駆け寄ってくる。
名残惜しいが手を離すと、優愛に顔を両手で振り向かされいきなりキスされた。
「ちょ‥っ、両親の前だぞ‥!?
「恋人同士なんだからこんなの当然でしょ?? それに私絶対にかっちゃんと私の仲をお父さんとお母さんに認めさせてやるんだからっ!!」
そういって可愛くウインクする優愛は「電話するからね!」と念押しして両親の元へ走っていった。
今両親に会うのは迷惑だろうと思い、俺はその場を離れる。
どうやら恋人になった事で優愛はとっても甘えん坊になったようだ。
帰り道、甘いひとときに浮かれた頭を現実に引き戻す。
とりあえず地下室をあのままにしておくわけにはいかない。
まずは状況整理と今後の作戦準備が最優先だ。考える事は山積みである。
俺は自宅へと急いだ。
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