第11話 優愛を追え‥!

 脇目も振らずにがむしゃらに走る。道中多くの人が、何事かと振り向くが、そんな事は今気にしていられない。


 彼女の家の場所は、当然知っているのだが直接行くのはこれが初めて。優愛は何度も来てほしいと言ってくれていたし、当然俺も行きたかったのだがずっと断っていた。


 彼女の両親はよく思わないだろうし、何より俺と優愛が親しい事が俺の家に何らかの方法で伝わりでもしたら彼女に危害が及ぶと思ったからだ。


 俺の家からそう遠くない距離にある彼女の家には、全力で走った事もあって意外なほど早く到着できた。


 傘も持たず出てきた為、全身はずぶ濡れ。息も絶え絶えな俺の様は、初めて訪れる人間の態度ではない。が、今はそんな事気にしていられる状況ではない。


 少し緊張感を持ちながらインターホンを鳴らす。しばらくしても反応が無かったのだが、三度目でようやく女性の声が返ってきた。


「すいません。今忙しいのですが‥‥!」

「優愛さんの友達の桐谷禍稚傀と言います!優愛さんは‥優愛さんは家にいますか!?

「‥‥っ!!」


 俺の問いかけに返事はなかったが、少し待っていると30代後半くらいの女性が慌てたように家から出てきた。


 上品で綺麗な女性で、顔立ちは優愛にそっくりだ。優愛がもっと大人になればこんな女性になりそうだと想像できる。

 

「あなたが桐谷くんね?」

「はい‥。突然押しかけて申し訳ありません。優愛さんはいますか? 少しでいいので話をさせてください‥!

「それが‥行き先も言わないで出て行ったきり、まだ帰って来てないのよ‥。あの子が何も言わないで出て行くなんて初めてだし心配で‥それにこんな雨の中傘も忘れるなんて‥。体調が悪くて学校も休んでいたくらいだから、今どうしようかと慌てていた所よ‥。」


 優愛のお母さんが青ざめた表情で言う。そして少しの静寂の後、ハッとしたように彼女が続けて言った。


「あなたのその様子じゃ‥やっぱりあなたと関係しているみたいね。前までは、こっちが何も言わなくてもあなたの話ばかりしていたのに‥。ここ最近の優愛は、毎日本当に辛そうな顔をしているから。あなたは何か知っているのかしら??私達親が聞いても何も答えてくれないの‥‥」


 その言葉に俺は苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。知っていると言えば知っているが、親御さんに俺の独断で話せるような内容ではない。諸悪の根源は橘であれど、俺の存在自体が優愛を苦しませている事も事実だ。


 何も返す言葉が見つからなかった。その様子を見て、俺が肯定したと判断したのか、優愛のお母さんは苦しげに言葉を紡ぐ。


「あなたの境遇は‥詳しくはわからないけれど、察してはいるわ。可哀想‥なんて安い言葉で片付けられないような事も‥。でもね、あなたは優愛にとって大きすぎる存在みたい。元々明るかった子がもっと元気になったけど、落ち込んだ顔をする事も同じくらい増えた‥。親として優しいあの子には幸せになって欲しいの‥。だからっ‥ごめんなさい‥。今回の事であなたが絡んでいるのなら‥‥あの子とはもう関わらないで欲しいの‥」


 悲痛な表情でそんな事を言う。


 優愛と絶縁しろと言われているのにも関わらず、俺はその言葉に感心してしまう。


 言葉の節々から伝わる優愛への愛や俺への気遣い。俺と優愛の仲の良さを知っているのだろうが、それでも親として優愛の事を一番に考える故に出てくる言葉。 


 良い母親の所に産まれてこれて良かったなと安心すると同時に、自分の母親と違いすぎて嫉妬してしまう。


 でも俺は、そんな優愛を想う母親にしっかりと告げなければならない。これだけはどうしても譲る訳にはいかない。


「ごめんなさい。それは出来ません。色々なモノを諦めてきた僕ですが‥、優愛の事だけは絶対に諦めたくないんです‥っ!!」


 はっきりとそう告げた後、優愛の事は絶対に俺が見つけ出します、とだけ告げて彼女の家を後にした。


「ごめんなさい、本当はわかってるのよ‥」


 本当に‥いいお母さんだな‥


 気持ちを切り替えて、優愛の居そうな場所を考える。


 家でこき使われる為だけに所持させられていたスマフォも、優愛の番号だけは登録してあったのだが、急いでいた為家に忘れてきてしまった。こうなってはもう頭で心当たりがある場所を考えるしかない。


 ただの勘だが、優愛は外にいる気がする。


 最後に会った優愛は‥酷く落ち込んでいた。大雨の中にわざと身を晒すように、どこかで一人落ち込んでいてもおかしくない。


 そうなるとあの公園が真っ先に浮かんだ。糞親のせいで遊びに行くのが許されなかった俺は、少しでも優愛と一緒にいたくて優愛とよく話をしていた場所‥‥


 そこは俺が昨日の放課後の後佇んでいた場所でもある。


 あの公園に優愛がいてくれる事をただただ祈りながら、俺は公園へと急いだ。

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