第10話 思考の果ての確信
優愛と離れ、しばらく玄関で立ち尽くした後、おぼつかない足取りでリビングの椅子に座る。 昨日寝たベッドもこのリビングの椅子も、今まで使用させて貰った事がないのでどうにも落ち着かない。
大きく深呼吸する。まずは落ち着いて思考を巡らせよう。
今何が起き、自分はどういう状況に立たされているのか。こらから何をするべきか。あまりにも短い時で色んな事がおこりすぎた。
自分の唇を指でなぞる。まだ優愛の唇の感触が残っているように思ってしまう。
世界で一番好きな子との初めてのキス。嬉しくない訳がない。そのはずなのだが、突然すぎた事と、昨日見た衝撃のせいであまり実感が湧かないのも事実だ。
昨日の優愛の行動の意味を考える。突然のキス、最後の言葉の意味を。
夢の中の彼女は泣いていた。現実の彼女はどうだ?
昨日は大雨であり、現実の優愛は泣いていたのかはわからない。だが明らかに酷く焦燥しており、切羽詰まっていた様子だった。目にクマもできており、体調が悪いと本人は言っていたが果たしてそれだけだろうか? そんな訳がない。
言いたくても言えない何かを抱え、自分の感情と葛藤しているであろう事は明らかだ。
そもそもな話、昨日放課後の出来事は、一瞬見ただけで耐え難い絶望感に襲われたのでハッキリと思い出せない。
直視する事を避け、向き合いたくなかった俺は、一目散に逃げ出してしまった。
消したくても脳裏にこびりついているのは優愛が淫語を言っていたという事実。そして頬を赤く染めた半裸の優愛とクズである橘誠也が口づけをする姿だけ。橘は制服を来たままだった気もするが、どこまで線を越えたのかすら分からない。
だが理由、目に映らない事実までは、あの時の自分は考察する余裕がなかった。絶望に苛まれ、負の感情に脳が破壊され、深く考える事を拒否した。怖かったのだ。どうしようもなく。
だが、昨日の彼女の様子をこの目で見た今はどうだ??事情があるのは明白だった。
すがるように俺に会い、キスをしに来たというのは絶対理由がある。彼女の尻が軽いなんて事は絶対にありえない事だ。その選択肢は外れる。であれば例えば、
橘に優愛が傷つけると脅されていた?
考えにくい。優愛は空手の全国大会優勝経験がある。不良の橘であろうが所詮は素人、この目で優愛の実力を見てきたが、男数人に囲まれた程度で負けるわけがないだろう。
誰かを人質に取られてる?
これは可能性として最も現実的である。優愛の優しさは誰よりも知っているつもりだ。他人の為に平気で自分を犠牲にするような子だ。だが橘とキスを頬を赤くしながらしてたのはどう説明が--‥いや待て。
ふと昨日の優愛を思い出す。雨で長い髪が頬に張り付いてわかりづらかったが、右頬にアザがあるように見えた。
《橘誠也が優愛の大事な人を人質に取っているとしたら?》
傷をつけるくらいで、彼女は身体を差し出そうとは思わないだろう。考えたくないが『殺す』とでも言われている?
いや、橘はクズだが人を殺す事なんかできない小物だ。そんな男のハッタリに彼女が屈する訳がない。でも、
《組織的規模で優愛が怯える程の圧力をかけられていたら??》
橘1人では何の意味も成さなかった「殺すぞ」という脅しの信憑性が一気に増してくる。不良の橘に何らかの後ろ盾があったとしてもおかしいことでは無い。
《あの時見た頬の赤さが、橘が殴ったものだとしたら‥?》
まだ全て俺の勝手な推測の域を出ない。
だが、俺はこの時点でもう確信していた。橘への憎悪が殺意にかわり、さらにその上の激しい感情に昇華する。
《人質に取られた優愛の大事な人が『俺』だとしたら‥?』
《勝手に最愛の人が寝取られたと思い込んでいたら‥?》
一気に身体中に鳥肌が立つ‥。自分の愚かさに怒りが込み上げてくる。
クソッ‥!!こんな事簡単に考えられたことだ!!どうして初めからもっと信じてやれなかった!?真意に目を向けようとしなかった!?
どこまで愚か者なんだこの俺は‥。肝心な時に、大事な人の気持ちに寄り添ってやれない。真意を察する事を怖がり、目を背け、目に映った物だけを盲目的に信じてしまった。
優愛と両思いな事は、決して自惚れなんかじゃない。本当はずっと気づいてた。気づいていたのに‥っ!
関係が壊れてしまうんじゃないのかと、拒絶されるんじゃないのかと、優愛が俺を拒むなどあり得ないと本当は分かっている癖に、マイナスな事ばかり考えているフリをしていた‥。そして想いを伝える事から逃げていた‥。ずっと甘えていたんだ。
自分に自信がない。負目がある。不幸な生い立ちの俺と一緒にいると優愛も不幸にしてしまうんじゃないのかという拭い去れない不安。俺がとんだ臆病者であるせいで、何かと理由をつけ、そんな糞みたいな言い訳ばかりしていた‥!ただ好きだと伝える勇気がなかっただけのくせに‥っ!!
優しい彼女の事だ。まだ友達でしかない俺にここまでの大きな負担はかけられないと、自分の中だけに仕舞い込んでいたのだろう。ましてや俺の命が脅かされるような事案だ。彼女の心労は想像に難くない‥‥っ!
そんな心境の中、止めと言わんばかりに俺が憎んでいる橘と自分がキスしている所を、俺に見られたんだ‥。それはどれだけ辛い事だっただろうか‥。優愛の心境は察するに余りある‥‥。
もっと早く恋人として、俺にならどんな事でも打ち明けても大丈夫だと思ってもらうべきだった。少なくとも、そうする事で苦しみを2人で分かち合う事が出来た。2人で解決策を一緒に考えることは出来たはずなのに‥。
クソッ!クソッ!!
愚かな自分、何よりも橘誠也への強い憎しみから物に八つ当たりしてしまう。立ち上がり、椅子を壁に投げつけた事で部屋に大きな音が鳴り響く。
その音で少し冷静さを取り戻す。こんな事している場合ではない。まずは優愛と会って話をしなければ。
橘誠也、お前には地獄すら生温い。優愛を傷付けてタダで済むと思うな‥っ!!!
尋常ではない殺意を橘に抱いている自分を感じる。最も残酷で最も苦痛を伴う方法でじわじわと殺してやりたい、そんな醜い感情がゾクゾクと身体から湧き出る。
今は力づくでその感情を抑えながら、俺は優愛の家へと急いで駆け出した。
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