第9話 あの日の真実(後編) 天音優愛視点
その信頼度は、現在、日本で愛国民主党を支持しないものは極めて異端で、非国民扱いされる程だ。
そして今それ程の影響力を持つ党の副総裁であり、帝塚総理の右腕にあたるのが橘栄信だ。総理同様に、国民から絶大な支持を得ている。
かっちゃんと同じクラスになった橘誠也というのは、そんな男の息子だ。
橘の入学は全校生徒の間で話題になり、当然私も知っていた。
何も知らない私は当初、国民から愛される副総理の息子はいい人なんだろうなあ‥くらいの感覚だった。
実際に顔を初めて見た時も、特に嫌な印象は無かった。
長身で顔は美形と言って差し支えなく、常に柔和な表情を浮かべている優しそうな男子。
他に大きな特徴と言えば、私立故に髪色自由ながら黒髪の生徒が大多数の皇冥学園では非常に珍しい金色に髪を染め上げている事くらいで、一見だけではとても悪人には見えない。
しかしその実態は、人を人とも思わない冷血漢そのもので、他人を見下し痛めつける事に極上の快楽を見出す、これ以上ないくらいの最低なサディストだったんだ‥。
かっちゃんから聞いた話では、入学早々彼を『名前通りの家畜』して扱う事を堂々と宣言してクラスの皆にもそれを強制。無視は当たり前で場合に寄れば暴力で教育してしまえ等と入学初日から大暴れらしい。
典型的な親の権力を笠に着た最低なクズ男じゃない‥!
そんな異常な状況なのに、かっちゃんは橘をただのいつもの小物だと一蹴して、屈託なく笑って見せる。
悲しい事だけど、テレビを見ることさえ許されない彼は、世間の情勢に極めて疎い。彼には『副総理の息子の影響力』なんて全然ピンと来ないんだろう。
とてもそんな小物だとは思えない私だったけど、最初はかっちゃんがそう言うならとあまり気にしすぎないにしていた。
でも、本当に最悪な事に‥橘が目をつけたのは私だった。
入学したかっちゃんに早速会いに行こうと一階に降りた私は4人グループに囲まれ暴行を受けている彼の前にたちはだかる。その中心で嘲笑っているのが橘だった。
高校ニ年生になり、空手で全国大会に優勝した私は、取り巻きの素人三人なんて難なくねじ伏せる事が出来た。
そんな私を橘は気持ち悪い笑みを浮かべて値踏みするかのように全身を見る。
まあ、ここまではいつものパターン。最後の視線は気持ち悪かったが私が彼を守って、彼が私に何かあれば守る。いつもの展開。
そう思っていた放課後、彼と一緒に帰ろうと一階に降りた時、後ろから橘に強引に腕を掴まれて、人気の無い場所に連れて来られた。
「お前、凄くいいよ。俺のモノになれ」
は!?何よこいつ‥っ!女をモノみたいに扱うその態度‥心底気持ち悪い‥。何より私の大事な人を傷つけておいてどの口がほざいているんだっ‥!!
「ふざけないで!!心底願い下げよ!!私の大事な人を傷つけておいて‥っ!絶対許さない!アンタなんか吐き気がするほどほんとっ大嫌い!!!」
激昂する私を見た橘は玩具を買い与えられた子供のように、嬉しそうに気味悪く笑った。
「ははははは。なるほどねえ。すぐに気が変わると思うよ。ああそうそう。俺がお前に目を付けた事はあのゴミには言わない方がいい。ゴミは当然にしても、君の周りの人まで大変な事になりたくなかったら‥ね」
「最低ね‥あんた。私をナメないで!私はそんな脅しに屈する程弱い女じゃないわっ!!」
クズ男は余裕たっぷりの笑みで私を一瞥した後去っていく。
‥‥っ!!なによっ‥。脅しになんか絶対乗らないんだからっ‥。
でも、かっちゃんや、私の周りの人達を傷つけると言う言葉だけ、その日私の頭からずっと離れなかった。
そして、私の不安はは現実になっていく。
この日を境に、かっちゃんへの暴力は中学までが可愛いと思ってしまう程、凄惨なものになっていった。
日常的な暴力は当たり前、それどころか、彼の人間としての尊厳まで日々ズタズタに傷つけられていく。
橘に学園で歯向かう者はいない。いや‥誰も歯向かえないという事が正しい。アイツは自分に逆らう者に決して容赦しない。
今の惨状を止めようとする優しい生徒達もいたみたいたが、脅されでもしたのか翌日からはかっちゃんの虐めに強制的に参加させられていた。
虐めという生ぬるい言葉を使うのも烏滸がましい、犯罪じみた日常の行いは橘を主犯格とするに四人によって主に行われた。
愛國民主党所属の国会議員の父親を持つ
父親の立場から橘に逆らえないのだろうが、腰巾着と言うのに相応しい男。ヘラヘラとアイツに媚びへつらう姿は滑稽そのものだ。
大手化粧品メーカーの女社長の令嬢である
最後の一人はそんな早乙女に好意を抱いている事が一目で分かる大手スポーツメーカー社長の息子、
この四人だけは、私は何をされても、どれだけ謝られても絶対に許す気にはなれない。
もちろん私は、彼をいつものように守ろうとした。‥だけど私一人では限界がある。
橘 誠也は教師陣まで既に取り込んでいたのだ。この学園の教師達は、小中学とは違いただ見て見ぬフリをするだけの無能とは違うんだと思っていた。
全然そんな事はなかった。むしろもっと酷い。教師の風上にも置かぬ屑だ。
あろうことか、教師達は橘の奴隷であり相談しても「次暴力を振るえば、よくて退学。君もこの学園に来れるくらい賢いなら彼らには逆らわない事だ」と逆に脅迫されたのだ。
私はどうしたらいいの‥?私の退学はともかく、私がいなくなった後かっちゃんはどうなってしまうの?誰が守ってくれるの?
高校で友達になったばかりの子もいる。でもこんな大きな事相談していいの?その子が目をつけられ酷いことされたらどう責任をとればいい??
‥‥いっその事かっちゃんに全部打ち明ける??
優しい彼の事だ。自分が退学すると言い出すだろう。退学なんかしたら、彼が家庭内でもっと酷い仕打ちを受ける事なんか目に見えている。そんな事させられない。
私のお父さんは東京都庁で働いている。私を守ろうとしてアイツの怒りを買えば手を回されてクビになる事は間違いないだろう。こんな事両親にも話せるわけない。
誰にも話せない。こんな事‥。どうしよう‥どうしよう‥。
頭がパンクしそうになる。今の私に出来ることはというと、鏡の前でいつも通りの笑顔の練習をするだけ。誰にも‥間違えてもかっちゃんにだけは悟られないように。
分かってる。私が橘の要求通りアイツの彼女になりさえすればいいんだって事は‥。その条件としてかっちゃんと、私の周りの人に手を出さない事を約束させれば全部丸く収まる事くらい‥。
でも‥。そんなの嫌だよ‥。ずっと育ててきた大事な気持ちを、あんな奴のせいで捨てたくないよ‥っ。
どうすればいいのか分からない毎日の中で橘誠也はしつこく私にまとわりついてきた。
時間が経つにつれて私をどんどん焦らせるように、言い寄ってくる。
「いい加減、決心はついた?」
「もうそろそろどうかな?」
「もうそろそろ‥はっきりして欲しいんだけど‥??」
そんな中で、ある日の帰り道、用事でかっちゃんと一緒に帰れなかった時、後ろから羽交締めにされて人気のない細道に連れ込まれた。
完全に私は油断していた。私は今までアイツ本人に手を出された事がなかったから‥。口を抑えられ、胸を鷲掴みにされ、服を脱がされかけた。私は橘 誠也に犯されかけたんだ‥。
私は全力で手を振り払い、投げ飛ばした。壁に打ち付けられたアイツはしばらくして起き上がり身も凍るような事を言った。
『いい加減にしろ‥っ!!まだ俺の力が分かっていないのか!?3日だけ待ってやる。ただし、俺の望む答えを出さないのならあのゴミと、お前の家族を殺すぞ。嘘だなんて思うなよ?俺には下僕がいっぱいいるんだ!しかも俺が何をしようが父さんがもみ消してくれるんだからなああああ!!』
何も答えずその場から全力で逃げた。『殺す』って何?本気で言ってるの?しかもそんな犯罪をもみ消す力があるって‥嘘でしょ‥。
確かに噂で聞いた事がある。アイツは都内の半グレの最大勢力すらも金で手名付けていると。そいつらが金で人を殺す事すらも厭わない外道の可能性は確かにある。
かっちゃんを絶対諦めたくない。でもそんな自分勝手な想いのせいでそのかっちゃんを‥家族を殺されてもいいの?
どうしようでも嫌だよなんで私がこんな目にでもそうするしか方法がないでも絶対嫌かっちゃんとこの先もずっとだけど殺されちゃうどうしよう
もう頭がおかしくなりそう‥誰か助けて‥‥
私はどうしたらいいの?ねえ‥神様‥教えてよ‥
気を失いそうな程思考を重ねて、私はついに決心する。そして3日後の放課後、橘誠也に呼び出された放課後に行った。
決意した私はアイツに告げる。
「あなたの彼女になるわ。だけどこれだけは約束して。私をあなたの自由にしていいからかっちゃんと、私の大事な人達に絶対手を出さないで」
「ククク。ああ‥約束するよ。ったくもっと早くそう言っていればあそこまであのゴミを痛めつけなくてよかった物を」
反吐が出そうな程気持ち悪い笑みを浮かべたアイツにまた、私は全身を舐め回すように見られる。
「よし、お前をここで抱いてやる!!まず俺への忠誠を見せろ。そうだな‥。まずは上半身裸になれ」
「‥‥っ!!」
コイツは何を言ってるの‥!?嫌だ‥それだけは‥。適当に何か言って私は辞めさせようとする。
「こ、ここは教室よ??こんなとこ--」
「黙れええ!!俺に口答えするな物の分際でっ!!!」
バキッ!!
右頬を思い切りぶたれた。ぶたれた痛みと屈辱で涙が出そうになるのを必死で堪える。赤くなった右頬を手で抑えて疼くまる。
そうだ。私はこの男に逆らえないんだ‥逆らったらかっちゃんは‥お父さんお母さんは‥。
泣きそうになりながら私は立ち上がり、言われた通り上半身裸になった。
「よし。いいだろう。次はおねだりしろ。出来るだけ俺を興奮させる言い方をしろ。出来ないなら約束通りお前の大事な人間を殺す。俺がそいつらの命の手綱を握っている事忘れるなよ?」
気持ち悪い‥。なんなのだこの男は‥。こんな奴に従わないといけないなんて‥っ!!
だけど私に選択肢はない。許されない。やるしかないんだ‥っ!! 私の大事な人達の為に‥っ!!
「せ、誠也くんの逞しいのが‥欲しいです」
「何だって、もっとちゃんと言えよ?」
「せ、誠也くんの逞しくて大きなモノを私にください!!」
私の言葉に満足そうな顔をした後、アイツはいきなり私に顔を近づけて唇を重ねてきた。
逃げる余地はなかった。どうせ‥逃げる事は許されないのだけど‥。こんなの‥酷いよ‥。かっちゃんとするはずだった初めてのキスが、この世で一番大嫌いな男に奪われるなんて‥。
嫌悪感で目をギュッとつぶってしまう。
神様‥‥ どうか‥‥ 助けて‥‥かっちゃん‥‥
その瞬間教室のドアが勢いよく空いた。
そして、私と目が一瞬合った後、ドアを開けた人物が逃げるように走っていった。
まさか‥‥ かっちゃん‥!?
私は後の事を顧みず、橘 誠也を突き飛ばし服を着ながら走っていった人物を急いで追う。
そんな‥。やめて‥。やめてよ‥。こんな最悪な場面を、1番見られたくない私の大事な‥大事な人に見られるなんて‥。嘘だと言って‥っ。
追いつけなかったが、少しだけ後ろ姿が見えた。
私が間違えるわけがない。その人物は‥紛れもない‥かっちゃんだった。
私はその場で膝をついて泣き崩れる。
神様‥‥あなたはどうして‥‥こんな辛い感情ばかり与えるの‥‥っ??
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