第7話 私達二人の出会い。大切な私の思い出。天音優愛視点

 私とかっちゃんが出会ったのは、私が小学2年生に進級し、彼が小学校に入学してしばらくした時。


 私は幼稚園の時からお転婆な性格で、小学生になってもすぐにいっぱい新しい友達が出来た。だからもっと友達が欲しくなって1年生のいる階に行った時の事だった。


 やんちゃそうな男子女子達が1人の男の子を指刺しながら笑っていた。


「かちくって何?って父ちゃんに聞いたらさ、牛とか豚なんだって!人間なのにそんな名前かわいそー。」

「ええええ!?でもこんな暗い牛さん豚さんやだー。もっと可愛いのがいい!」


 子供だから、皆にどこまで悪意があったのかはわからない。しかし、かちく!かちく!と、面白そうに皆は騒いでいるけど、中心の子は悲しそうな顔をしていた。


 かちくって何だろー??何が面白いの??


 意味は良く分からないけれど、よってたかって1人の子を囃し立てていたので子供心にこれはダメだと思った。家では弱い者いじめしちゃダメだって厳しく躾けられていたし、年上の私が守って上げないと。


 彼の前に立ち塞がって両手を広げる。


「だめー!!!意地悪したら許さないんだからっっ!!」


 必死で怒った顔を作る。


「な、なんだよー!誰だおまえー?」

「この子上級生じゃない? や、やばいよ‥」


 私が上級生だと判断したからか、その子達は一目散に退散していった。


「ふんっ!注意しただけなのに情けない奴らっ!」


 私は腰に手を置いて鼻を鳴らしてみせる。そしてからかわれていた男子の方を振り向き、俯いている彼に優しく話しかけた。


「大丈夫??怪我はない??」

「どうして?? どうしてこんなことするの??」


 喜んでくれると思っていた私に、彼は顔を上げてこう聞き返してきた。


 どうしても何も、何か見てられなかったのよっ!


 そう言おうとした時、彼の顔を見てとても驚いた。


 その時の彼の表情は、高校生になり少し大人になった今でも鮮明に覚えている。


 生気の全く感じられない、まるで生きる事を諦めているかのような表情。そんな悲しい顔を、私よりも小さいこの子はしていた。


「っ‥‥‥!」


 その時私は何も言えなかった。今までそんな顔見たことなかったし、少し怖いとさえ思った。


 私が何も言えないでいると、彼はトボトボと自分の教室の中に入って行く。彼が中に入ると、教室のヒソヒソ声が大きくなっている気がした。


 休み時間が終わり教室に戻っても、その日はずっと彼の事を考えてしまう。子供の私でも何か大きなものを抱えてるのかな、と心配になる表情だった。


 あの男の子、大丈夫かな??


 とても気になる。何であったばかりの子の事私はきにしてるんだろ?


 何かむかつく。‥‥でもやっぱり気になる。


「てか、お礼くらい言いなさいよっ!!」


 いきなり授業中に叫び出す私にびっくりして、クラスメイト達が一斉に振り向く。


 恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。


 ううう‥‥。もうっ‥‥何なのよアイツ!


 結局その日は彼の事ばかり考えていた。


 帰ってきてもモヤモヤするしお父さんとお母さんに今日の事を話した。「かちくってどういう意味?」って聞くと、何故か変な顔をしてペットだと言った。何故か2人とも顔を見合わせている。


 なんだよー。可愛いじゃん。ワンちゃん猫ちゃんみたい。


 訳も分からず私はそんなふうに思っていた。

 

 次の日の学校の休み時間、やっぱり気になっちゃって一年生の階に様子を見に行く。


 また昨日と同じ光景。私はすぐに駆け寄っていく。


「こらーっ!!!離れなさーい!!!」

「「やべーまた来た!逃げろー!」」


 いじめっ子共を追い払うと、彼はまた「どうして?」と暗い顔で訴えかけてきた。


 自分が酷い目に遭っているのに関わらず興味がないようなその顔に、私は少し腹が立って叱ってしまう。


「あんたねーっ!やられてばかりいないで、いい加減やり返しなさいよっっ!!! ほらっ!こんな顔して怒ってやればあんな奴らイチコロなんだからっ!!!」


 怒った顔の手本を彼に見せてやる。しばらく彼はじっと私の顔を見て黙った後、私の渾身の怒った顔が面白かったのかプッと吹き出した。


「ふふふふっ、あははははは」

「何よっ失礼ねっ‥ふふふふふ」


  気づけば2人とも、何がそんなにおかしいのか大笑いしていた。笑った彼の顔は、少しだけ明るくなっている気がした。少し落ちつき彼は「キミ、変わってるね」と呟いた後、微笑んでこう言う。


「優しくしてくれたのはキミが初めてだよ‥その‥ありがとう」


 不意に見せられたはにかみに、少しドキッとしたのは内緒だ。


 ふんっ。何よ。こんな顔もできるんじゃない‥。


「私たちはもう友達よ!いいわねっ!」

「友達‥。うんっ‥!友達だ!」


 彼は噛み締めるように友達と言う言葉を繰り返す。


 その日から私達は友達になった。きっかけは彼がいじめられていて、守ってあげようと思ったからかもしれない。


 でも私はすぐに彼と遊ぶ事に夢中になった。同学年にも友達はたくさんいたけれど、学校では彼と一緒にいる時が一番長くなっていた。無口だけど、優しくて温かい彼といると、自分の心もぽかぽかする。


 その頃には、彼の噂は他の学年にも広まっていて、彼と親しくしていた私から離れていく人たちも多くいた。最初は少し悲しかったけれど、そんな事で離れる友達なんて次第に心底どうでもよくなっていった。  


 でもそんな事を察してか、彼はいつも「僕の事はいいから、ゆあちゃんもどんどん嫌われちゃう」と遠ざけようとしてくるけれど、その度に「私が居たいからあなたといるのっ!」と強めに叱ってやった。


 戸惑いながらも嬉しそうにする彼が可愛くてたまらない。弟がいるならこんな感じだろうな、って思った。

 

  放課後も互いのお家に遊びに行きたかったけど、私の両親が何故か彼と仲良くする事を渋ったのと、彼自身が自分の家には近づかない方がいいと言っていたからから出来なかった。


 何で出来ないかは身体が大きくなるにつれて、「家畜」という言葉の真意を気付くについて嫌でも思い知らされた。


 両親に彼と何で遊んだらダメなの?と問い詰めても「お前のためだ」の一点張り。あれほど「弱い物いじめはするな」と言っていた癖に‥。大好きだった両親が嫌いになっていく。


 どうにかして何とかしようと精一杯考えて空手を習う事を決めた。もちろんかっちゃんを守るため。大反対されたけれど「自分の身を変な人から守るためだ!」と毎日言い続けていたら渋々了承してくれた。


 ほぼ毎日道場に通い、私も男の子と戦っても勝てるくらいに強くなったけど、次第にかっちゃんに対する周りのいじめは酷くなっていった。


 私が目を話している間に彼が複数人から酷い暴力を受けるなんて事もザラにあった。先生はわかっているハズなのに手を差し伸べようともしない。他の子達は関わるまいと目を逸らすだけ。


 私がどれだけがんばってもかっちゃんは傷ついてしまう‥‥。なんて自分は無力なんだろう‥。


 日に日に自分の心が沈んでいくのが分かり、自信がなくなって行く。


 かっちゃんはそんな私を見て「ゆあちゃんは何も悪くないよ。側にいてくれているだけで十分」だと言ってくれる。


 けど彼にそんな事を言わせてしまう自分が許せない。


 自分に自信が持てなくなっていたある日、いつものように彼を守るように立ち塞がっていると、いじめグループの男子が彼ではなく私を殴ってきた。


 道場以外で人に叩かれるなんて初めてだった。いつもの私なら言い返してやるのに、何故かポロポロ涙が出てきてしまう。初めて知った痛み、人前で泣いた恥ずかしさ、かっちゃんに泣き顔を見せてしまった申し訳なさ、色々な感情が溢れてきて溢れ落ちる涙が止まらなかった。


 その時、今まで手を出した事のなかったかっちゃんが思いっきり私に手を出した男の子をぶん殴った。彼が怒った顔など今まで見たことがない。友達の私ですら恐怖を感じる雰囲気を出して、何度も何度もその子を殴りつけた。


 結局他の子供達に引き剥がされて、ボロボロにされていたけらど、彼らも鬼気迫るかっちゃんの表情が怖かったのか、逃げるように走っていった。


 ボロボロの姿で、泣いてる私に駆け寄って、強く私は抱きしめられる。


「怖い思いをさせてごめんね‥。これからは僕もゆあちゃんを必ず守るからね‥!!


 涙を流しながら強く抱きしめ続けてくれた。さっきまでは悲しくて泣いていたけれど、今度は嬉し涙が止まらなかった。


 あったかい‥。私も絶対守るからねっ‥


 決意を込めて、私も強く抱きしめ返す。


 これが私の初恋。守ってあげたい弟みたいな友達は「何よりも大事な友達で大好きな男の子」に変わった。


 でも本当はとっくに恋していたのかもしれない。守りたいと必死に努力しようと思ったその日から‥。

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