第6話 突然の来訪

(これは‥夢‥??)


 1人の男子が数人の男女に囲まれてうずくまっていた。


 それを見て笑う者、見て見ぬフリをする者、そんな事どうでもいいと言わんばかりに読書をしている者。


 この教室の中には、誰1人として男子に手を指し伸べる者はいない。


 ダンッ!!!


 突如、強引にドアが開く音がする。艶のある長い黒髪、透き通るような綺麗な白い肌、ぱっちりとした大きな目、細い体に似合わぬ大きな胸、誰が見ても絶世の美少女だと疑いようもない女子が勢いよく教室に駆け込んで来た。


 その女子の事はよく知っている。


 俺の大好きなこの世で一番大事な女の子-優愛はうずくまっている男子を優しく抱きしめた後、守るように手を広げた。


 俺を囲んでいた連中はその姿を見て退いて行く。


 しばらくした後、優愛はトボトボと前に歩き出した。


 やめてくれ‥!行かないでくれ‥!優愛‥!ゆああああ!!


  優愛が立ち止まる。そして振り返った彼女の顔は‥‥


「うわああああああああああああああああああああ」


 酷い夢だ。自分自身の絶叫と共に目を覚ます。


 最後の優愛の顔は覚えていない。いや見る事が出来なかったと言う方が正しいか。夢の中であっても見ないようにと身体が拒否していた。


 見るのが怖かったから。それを見てしまうと自分から完全に優愛が離れていってしまうかもしれないと感じたのだ。


 意識がまだはっきりしない中、震えた手で時計の時間を確認する。時刻はもう夕方の17時頃。とうに下校時間を超えている。


 かなり長い間眠ってしまっていたようだ。


 少しずつ頭が覚醒する。昨日体験した全ての出来事を思い出した。流石に気分は最悪だ。十分すぎる睡眠を摂ったにも関わらず、酷い頭痛と眩暈が未だに続いている。


 ピンポーン。 ピンポーン。 ピンポーン。


 意識が朦朧としており分からなかったが、誰かがずっとチャイムを鳴らしていた事に今頃気付いた。少し間隔を空けながら、先程から何回も音が聞こえる。


 気は乗らないが、ふらつく足取りで一応モニターを確認していく。


 ふと「昨日の事を誰かに知られて、警察が確認しにきたか?」と、一瞬身構えたが、来訪者の姿を見て杞憂に終わる。


 チャイムを鳴らしいていたのは、優愛だった。

 

 予想外だ。いや昨日目が合ったから予想出来た事なのかもしれないが、とにかくまだ色々と心の準備が出来ていない。


 とはいえこのまま放っておくわけにもいかない。外は酷い大雨。もしかしたら結構な時間ずっと玄関前で待っていたのかもしれない。優愛はズブ濡れになっていた。


 ゆっくりとドアを開ける。


 優愛が見た事もない悲痛な表情で、何かに怯えているような、俯きながらも上目遣いでこちらを見上げる。


 そんな彼女に対して俺は何て言葉をかけるのが正解か分からない。


「どうしたんだ?学校帰り?」


 もっと言うべき事、聞きたい事はいっぱいある。「もしかしてずっと待ってくれたのか?ごめんな」とか「家族に目をつけられるから家には来たらダメって言ったろ?」とか。


「昨日の放課後のアレは何だったの?」とか。


 だけど頭の整理が出来てない俺は作り笑いを浮かべて、当たり障りのない事を聞く事が精一杯だった。


「ううん‥。今日は学校休んだ。体調悪くて‥。明日からも少し学校休もうと思う。」


 優愛の顔を見ると目に大きなクマができており、本当に体調が悪そうだった。雨のせいで長い髪が顔に張り付いており、初めは気づかなかったが顔にアザもあった‥。


「そっか‥。と、とりあえず中に入ろうか?こんなとこで喋っててもアレだし。温かい物でも入れるよ。」

「ううん‥いいの‥あのね…」


 そう小さな声で言うと優愛はまた俯いてしまう。


 どうしたものかと俺が考えていると、突然優愛が意を決したように顔を上げ、恐る恐る俺の腰に手を回してきた。手は震えているが、抱きしめる力は強く、彼女の大きな胸から激しく脈打つ心臓の音が伝わってくる。


 抱きしめる力は緩み、今度はそっと自分の唇を俺の唇に重ねた後、強く押しつけてきた。


 無限にも感じられた時間の後、優愛がそっと唇を離す。


「いきなり‥ごめん‥でも私には‥かっちゃんだけ‥なんだからね‥?」


 そう言うと優愛は俺から手を離して、大雨の中走り出していってしまった。


 呆然と立ちすくみながらその姿を見つめる。


 しばらく俺はこの場から動けそうもない。


 何故か今日見た夢がもう一度頭の中で再生された。まるで目を背けるなと言うかのように。


 ああ‥思い出した‥


夢の中の優愛は、大粒の涙を流していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る