第4話 罪(2)

「無理よ!私には出来ない!!人を殺すなんて‥そんな事‥出来る訳ないじゃない!!」


 女は俺の狂った発言に怯えきっていた。化け物でも見るように、逃げようとした所を少々手荒になるが後ろから押さえつける。


 まあ、普通の感覚なら当然。この反応が正常だ。


 その言葉をこの女が言っていなければ、の話だが。全くどの口が言ってるんだ?


 いつ殺されていてもおかしくなかったと思える程の地獄の日々を過ごして来た日常的に行われる理不尽な暴力によって決して消える事のない身体の傷、心の傷。


 さも当たり前のように、無抵抗の俺に非道な行為をしてきた人間が‥。一体どれだけ我慢してきたと思ってる?どれ程の涙を流してきたと思っているんだ。


 腹が立つ。無性に。


「今の立場を理解しているか?お前に拒否権があると思うな。お前が俺と一緒に罪を背負うのはもう確定事項なんだよ」

 

 もう問答は時間の無駄だ。手荒になるが仕方がない。


 俺は後ろから被さって無理やり女にナイフを持たせ、俺も一緒に後ろからソレを握り締める。そして嫌がる女の腕を力ずくで、縛られ未だに意識を失っている男の首元にナイフを当てる。


 すると、触れた部分から少量の血液が流れ出した。


「いやああああ!貴文いいいいい!!」

「このくらいで喚くな。俺がお前らのせいで血を流して泣いても、お前はいつも少しも心配せずに叱りつけていただろう?」

「ごめんなさい‥本当にごめんなさい‥だがら〝もうやめて‥」

「やめて?俺がやめてといってお前が一度でもやめてくれた事があるのか?」


 懇願する女を無視して、俺はナイフを突きつける腕にさらに力を込める。


 するとまだ全然致命傷とまでは行かないが、先程の血とは比べ物にならない程の血が男の首から流れた。


「い、いやあああああああああああああ!!!」

「‥‥頭が割れるように痛え‥ん?どこだここ?‥‥って血!?!?痛ええええええ!!何だこれ!?お前ら何してる!?禍畜傀‥テメエがこれをやったのか!?おい和美!!これは一体どう言う状況だ!?」

「貴文!?目が覚めたのね!お願い!私を早く助けて!!」

「それはこっちのセリフだ!!血がやべえよ‥早く手当しねえと死んじまう!!」

 

 流血した痛みでようやくお目覚めのようだ。男が殺意の籠った目で俺を睨みつける。


「野郎!!早くこっから出しやがれ!!いつも手加減してやってたら調子に乗りやがって!殺してやる!絶対に殺してやる!!」


 必死に大男が去勢を張りながら縄を解こうとしている姿は何とも滑稽に映る。頭を思い切り殴って、首に結構な傷を負っている割にはまだ元気なようだな。ゴキブリのような生命力には驚かされるばかりだ。


「元気そうで何よりだ。そうでなければ面白くない」


 俺はまた女の手に自分の手を被せ、ナイフを傷口に当てる。


「和美!?やめ‥あああああ〝あああ〝ああ」

「違う‥!私じゃないの‥!!全部この子なのよぉ‥!」


 そろそろ遊びは終わりにしようか。だがその前に女には選択肢を与える事にしよう。


「女、お前には二つの選択がある。一つ目はこのまま俺と一緒にコイツを殺してお前が生き残るという選択。二つ目はこのクズ男を解放してお前が殺されるという選択だ。さあ、どうする?俺はどっちでも構わないが‥」

「そ、そんなの‥私‥どうしたら‥ねえ‥貴文ぃ‥」


 女が震えながら上目遣いで男に助けを求める。女には、少なからずこの屑への想いがあるのかもしれない。


「そんなの決まってんだろ!!俺をこんな目に遭わしやがったんだ!!お前が代わりに死ねや!!」


 本当に反吐が出る。何の迷いもなく、瀕死のこの男は自分の命恋しさに長年付き合った恋人を代わりに差し出せるようなクズだ。


「下衆はもう口を開くな。お前には元より選択権はない」


 ナイフの柄で、男の顔を殴打する。この男の発する言葉全てが不愉快だ。


「さあ、どうする??今すぐに答えろ」

「‥‥‥すわ‥」

「ん?何だって?」

「‥この男を‥殺すわ‥」

「了解だ。『お前』が、殺すんだ」


 やはりな。こうなる事は分かりきっていた。俺も一緒にナイフを握るので、実際には二人でこの男を殺す事になる。


 選択肢を与えたのは、それでも女に自分自身の手で‥そして自分自身の選択でコイツを殺したと強い罪悪感を背負わせる為だ。


 女はもはや完全に正気を失っていた。目は虚で、ボソボソと何かを呟いている。


 まさかの女の選択に、男の顔がみるみる青ざめていく。本気で自分の為に、代わりに女が死んでくれると思っていたのだろう。


 どうしようもない屑には自分の命を持って人の痛みを分からせる事にしよう。


「かずみぃ‥。嘘だよなあ‥。俺をこ、殺すなんてしないよなあ‥‥?? な、なあ‥。嘘だと言ってくれよ‥‥!」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!!黙れええええええええ!!私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪く‥ないんだっ‥!!!」

「やめろおおおおおおおおおおおお!!!」


 男の懇願虚しく、俺と女二人で勢いよく男の喉元を掻き切る。


 勢いよく首元から鮮血が迸り、返り血を二人で浴びる。


 ピクリとも動かなくなった男を見て、「ごめんなさい‥」と女が呟いた。その後、女の身体がワナワナと震え出す。

 

我に返った事で、自分がとんでもない事をやったという実感を今になって感じ始めたのだろう。同情するつもりは毛頭ない。この女‥かつて母と呼んでいた女にも人の痛みを十分に知ってもらう。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 女は壊れた人形のように謝罪をくり返す。


「『お前』がやったんだ!『お前』がこいつを殺した!わかるか??『お前』がやった事の重みが!!『お前』の罪が!!!」


殺したのは二人でだ。だが俺はあえて「お前」の部分を強調し、さらに深い絶望をその身に刻んでやる。

 

 「今日からお前は俺の家畜だ」

 

 真っ暗な地下室に女を縛り置き去りにして、鍵をかけた。


 ◇◇


 返り血を洗い流す為、シャワーを浴びる。


 その後流石に人を殺した後に食事をする気にならなかったのでベッドに向かうと、自分の瞳から大量の涙が溢れてきた。


 これで俺は立派な殺人犯だ。必ずいつかバレる事になるだろう。そうなると、優愛にはもう当然会えない。


 自業自得だ。頭がおかしくなった等は言い訳にすぎない。


 それに、橘誠也の事もある。俺はもう優愛には必要ないのかもしれない。だけど‥それでも優愛への想いだけはどんなに壊れても消える事はない。


 さて‥これからどうするかな‥優愛‥‥


 疲れ切った俺はろくな考えも過らず、死んだように眠りについた。

 

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