第三話 キューピッド
そんなこんなでアッサリと学校でも仲良くなる二人。互いに価値観や考え方が違うので、逆に親密になるのが早い早い。
という訳で、放課後は共通の友達と三人で遊ぶことが多くなっていた。
「
「待って疾音! あなたファミレス行く時だけ帰り支度早いんだから!」
「部活の休みは貴重よ! 栞
「良いわよ。私も今日は部活休むって言ってあるから大丈夫。美織、疾音
決して二人は呼び捨てで呼び合うことはしない、という微妙な関係性は続いているのでした。
今日はファミレスのドリンクバー三つとポテトで作戦会議中。
「明日は三人で文化祭の買い出しね。朝練終わってご飯食べたら速攻で駅集合! 二時には行けるよ!」
「なら疾音ちゃんのスケジュールに合わせましょう。駅の東口集合にしましょうか」
「賛成。疾音、遅刻しないでね」
「栞ちゃんは安定だから、美織こそ遅刻厳禁よ。あはははっ!」
「疾音ちゃん、テンション高過ぎ……えーっと、大きな布と小物十七点よね……東急ハンザかな……」
「そうだ! 買い物終わったら三人でなにか食べましょうよ。疾音、予約よろしく!」
「わーい、無茶振りだー。よし、回転寿司が良いな! 予約しとくよ」
スマホを操作する疾音。行動が早い。
次の日は買い物アンドお食事と決まった。ふつふつと気合を入れる栞と疾音。三人とはいえ初のお休みの日のお出かけだった。
◇◇◇
「こんにちは。待ちました?」
三分前に到着の栞は落ち着いたプリーツワンピースにスカラップデザインのボレロを羽織っている。髪の毛も巻き巻きで気合いの入りが違う。
「わーい、栞ちゃん来たー。全然待ってないよー! あとは美織だけー」
実は二十分早く来た疾音。スキニーのデニムに白のカットソー。そこにガーリーなパステルカラーのウインドブレーカーとツイード素材のキャップでアクセント。こちらもいつものTシャツと穴空きデニムとは気合いが違う。
よしよし、二人とも気合いが入ってるわね……。
「じゃあ買い物に行きましょう! うふふ、今日は楽しそうよ」
そう。今日の美織は『世話焼きおばさん』のつもり。『世話焼きおばさん』に相応しい地味目な装い……とは言い難い真っ白なワンピースにつば広帽子というスタイル。そう。
さぁ、あまりに
栞の『何かと手を握る作戦』に反応しない疾音。逆に疾音の『好き好きアタック』を無視する栞。それで二人とも直ぐにリアクションの取り方を後悔してしょげてるの。ホント何してるのかしら……。
互いに何かポリーシーがあるみたいだけど……素直じゃないわね。
仲良くなりたい二人と仲良くさせたい一人の休日が遂に開幕した。
◇◇◇
買い物を着々と進める栞。余分なものばかり見てる疾音と美織。
しまった! 楽し過ぎて普通に買い物してしまった。
栞と疾音はお出掛けのハイテンションにも負けずにポリシーを貫いている。
「疾音ちゃん、こっちにあるわよ!」
疾音の手を引く栞。その瞬間から疾音は全ての感情が無くなってしまう。栞の手が離れると力の入っていない自分の手をじっと見て戸惑っている。
まるで栞が触れている間だけ活動を止めてしまうかのように。
「そんな分かりづらいとこにあるんだ! 流石は栞ちゃん、そんなとこも好きよ!」
栞にサラッと告白混じりのセリフを伝える疾音。まるで聞こえていないように何も語らない栞。
まるで疾音の好意に何か言葉を返すと死んでしまうかのように。
こんな不思議な二人だけど私に対しては全く普通の対応になるのよ!
「疾音、早くっ! 栞が待ってる」
手を握るとギュッと笑顔で握り返してくれる。一緒に走ってくれる。
「栞、あなた探偵になれるわ。そういうとこ好きよ」
「ふふ、ありがと。私も美織が好きよ」
いとも簡単に好きと返してくれる。
――同時にもう一人は私に殺意のような感情を一瞬だけ向ける
あーん、もう、ヤキモチ焼かずに素直になってよ! しかし、二人とも……ここまで頑固とは思わなかったわ。さて、どうしましょう。
栞も疾音も度重なる好意の応酬に限界を迎えそうだった。二人ともフラフラしてる。
『そう。疾音ちゃんに私の気持ちだけは伝えていけない』
同性でもヘンじゃないよね……だから直ぐに強く手を握る。でも言葉には出せない。『貴女が好き』なんて絶対に言えない。
だって、言霊は肉体より強いのよ。だから声に出すなんて私にはできない。たった一度の告白で一生を縛ってしまうこともあるのよ!
『そう。私は栞ちゃんの身体には絶対に触れない』
ただ大事にしたい。同性はヘンかな……だからそっと近くにいるだけでも良い。だから言葉には出すよ。『あなたが好き』といつも言う。でも手を握り返すことすらできないの。
だって、触れ合うことは強いのよ。百回見たり千回聞いたりするよりも強いの。たった一回の触れ合いが一生を変えてしまうほど心に響くこともあるのよ!
大切にしたいが為にすれ違う二人。
時間ばかり過ぎていく。結局買い物が終わっても、まだ二人はぎこちない。
うーん、お出掛けハイテンションなら距離も縮まると思ったのに……頑固な二人ね。取り敢えずこの大荷物をどうにかして食事に行くとしましょう。
スマホを取り出し電話する美織さん。
「もしもし、ママ? あれっ、パパいるの? うん。じゃあお願いします」
◇◇◇
十五分後に荷物の沢山乗りそうな車がやってきた。
「わーい、パパありがとう! じゃあ荷物よろしくね。明日学校に運んじゃうから。またねー」
「まさか……美織、今日の大事な食事会、忘れてないだろうな?」
「……ん? ぎゃー! 忘れてた。おほほほ。という訳で……ごめんなさい! お二人は気にせずご飯食べてね。よろしくー」
急ぎ車に乗り込むや否や直ぐに見えなくなってしまった。
車内でしょげる美織と心配そうなパパさん。
「良いのか? パパ、悪者はイヤだけど……」
「ん? あーっ! ちょうど良かったわ。んふふ、悪者じゃなくてキューピットよ」
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