第二話 きっかけ

 近くの公園のベンチに座る二人。クラスメイトだが接点はあまり無い。だから五十センチ程離れて座っている。これが今の二人の距離。


「み……」


 狼狽える疾音。

 まぁ、少し珍しい名前だからなぁ。


「三隈よ」

「三隈さん! 三隈栞さん……よね?」

「はい、石川疾音さん。思わず声かけちゃった……」


 ニコッと微笑む栞の屈託のない笑顔に無駄にドキドキする疾音。

 おぅ、文学少女の柔らかな微笑み。私も部活ノリで大声で挨拶とかは誰にでもできるけど……うはぁ、こういうのは緊張しちゃう。


「へへへ……」


 愛想笑いしかできないー……。栞ちゃんみたいに話せよー。


「まず食べよっか。折角だし……って、それ自分の分だよね?」

「……う、うん。妹に買う時は二つ買うよ。今日は独り占めのつもりだったから……へへ、ここで食べちゃうのは良い考え!」


 へー。妹いるんだ。しかし……膝上スカートから伸びる細い足、ショートの似合うその小さな頭。なんかスポーツ系美少女を体現するかのような姿よね。正直尊いわ!


「いかんいかん……余分なこと考えちゃう。早速頂きましょう!」

「ん? うん。食べましょう」


 栞ちゃんか……漫画も読んでたけど小難しい本もよく読んでる子よね。まぁあの辺りの子達の中では社交的に良く喋る子。しかし……長い黒髪が綺麗。うわっ、まつ毛も長い! 足ほっそ! わー、お腹ぺたんこよ。それでも絶対に腹筋割れてないんだろうな……。


 色んなことを互いに考えながら牽制しながらクリームパンを取り出す。

 同時に自分のクリームパンを一瞥するとパクッと口にするタイミングも同じだった。


「「んー……」」


 同時に声を失う二人。


「しかし……私はダメだけど石川さん。貴女はパン掴むの上手ね」

「んー、美味しい……ん? そうそう、見てたわよ。ふふふ、ホント下手っぴだったわ、えーっと……栞!」


 ここで距離を思いっきり詰めてくる疾音。

 実は再度苗字をど忘れしていた。覚えていた名前の方で『栞さん』と呼ぼうとしたが、思わず親しげに『栞ちゃん』と呼んでしまう。あたふたしながらニコッと微笑んで誤魔化してみる。


 へへへ、『栞ちゃん』だって。嬉しい。しかも少し狼狽えてるの可愛い! もう少し見ていたいけど可哀想だから助け舟。


「でも疾音の平べったいクリームパン、既に別物よ。お好み焼きパンみたい」


 ここで栞も自分を『ちゃん』呼びしてくれたのでほっと一安心。表情を伺うとニコニコしてる。気を遣ってくれたのか! この子、優しい。

 少しテンション高く会話を続ける。


「栞ちゃんのパンだって、まるで……ゆ、雪だるまよ!」


 そう、それで良いのよ、と聞こえてきそうな微笑みを浮かべながらクリームパンにかぶりつく栞。言葉には何も出さずに私を認めてくれた。

 なんかすごく嬉しい!


「栞ちゃん、好きよ」


 思わず口に出る告白めいたセリフ。ギョッとする栞。

 わー! やっ……やってしまった。いつも感情が高ぶると直ぐに『好き』とか言っちゃう……。友達からもそのクセ直さないと変に誤解されるって注意されてるのよ……。あーん、失敗!


 暫し無言の二人。


 こ、好意を示してくれた? よもや恋愛の『好き』でもあるまいし……この時期の女子特有の『カワイイ』と同類の表現と認識するのが正しかろう。

 クリームパンを無言で食べ終わるとスカートのポケットからハンカチを出してお淑やかに口と手を念入りに拭く。すると、しょげてる疾音の手を突然に両手できゅっと握り締めた。


「友達から始めましょう」


 栞、痛恨の選択ミス!

 しまった。これは異性から交際を求められた時の作戦だった。『友達』ワードは断りの文言として余りにメジャー。傷つけない為に手をそっと握りながら伝えるという高等テクニック。実践だったから思わず同性の子に使ってしまった! この場合は『よろしくね』が正解よ!

 その瞬間、ぽんっと音がするように明るく笑う疾音。


「あはっ! ありがとう。すごく嬉しいわ。大好き……よ」


 またやっちゃったーって、まぁ良いか。栞ちゃんのこと凄く大好きになったから。わーい、友達増えたー!


 栞は少し混乱中。


 あらら、『好き』から『友達から始めましょう』となって『大好き』に戻るわけね。状況が不明確よ。友達から何を始めるの? 違う違う。

 首を二、三回横に振る栞。

 これは、一旦戦略的に撤退ね。

 照れるのを最大限隠してアルカイックスマイルに移行。余裕なフリしてご挨拶。


「私も嬉しいわ。疾音ちゃん、じゃあまた明日会いましょう」

「うん、また明日ね、栞っ……ちゃん」


 今、『栞』と『ちゃん』の間に明らかに間が空いてたわ。ここで呼び捨てにされたら、流石の私も落ちるわよ……って何に! 何処に!

 辛うじて、冷静に手を振り静々と公園を後にする栞。

 家に帰ったら、今のやり取りを復習よ。明日、最適な対応を取らないと……。

 心の中は嵐のように悩みまくりながら、視線だけは真っ直ぐ前に向けて公園を出ていった。


 疾音はベンチに座ったまま栞が見えなくなるまで手を振り続けていた。もし疾音が犬だったら目に見えないくらいのスピードで尻尾を振っているのだろう。


「栞ちゃん、クール! 格好良いかっけー! よーし、友達ゲーット!」


 元気いっぱいに立ち上がってガッツポーズを決めた。

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