第3話Ep5.コナロスト2


 呆れるカイの横で、しれっとサトルは元のなにを考えているのかよくわからない表情に戻り、

「――話を戻しますよ。コナちゃんがいなくなった経緯は大体わかりました。なにもわからないということがわかったようなもんですが。では見つけた時の状況は?」

 ふたりへの確認を再開した。

「朝はいつもレオラと一緒に登校してる。六時半に待ち合わせて、大体七時には学校にいるな。レオラは朝練あるしあーしはその時間だと生活指導委員セイシの服装点検引っかからないし。で、今朝もいつものように六時半にファミレス向かいの交差点で待ち合わせた」

「いつもどっちが早いんです?」

「さあ……日によるな。けど今日はレオラの方が早かった。それでふたりで歩いてたら、あの辺の道って、こう、膝くらいまで石垣でその上は木がめちゃくちゃ生い茂ってるのをフェンスでなんとかガードしてる感じだろ。そのフェンスからはみ出た枝にぶら下がってたんだよ、コナちゃんが。それをレオラが見つけて、あーしも言われて気付いた、って感じなんだが……」

「でも、昨日も一昨日も、ファミレス近くのあの辺りの道は何往復もして一番時間かけて探したのに、なかったんだよね」

 モモカが言い淀んだ言葉をレオラが引き継ぐ。モモカは頷きサトルは机の一点をじっと見つめた。

 しばらくして彼は顔を上げ、モモカに向かって手のひらを差し出した。

「そのコナちゃん、よく見せてもらっても?」

「おう。汚したらただじゃおかねーけどな」

「ああ、そのままでいいですよ、外すのめんどくさいでしょう。リュックごと貸してください」

「……そうか? まあいいけど……」

 コナちゃんを外そうとするモモカを止めてリュックごと受け取ったサトルは、

「重っ。なに入ってんですかこれ」

 予想外の重さに危うくそれを落としかけた。

「おい、落としたら許さねぇぞてめぇ。別に変わったモンは入ってねぇけどよ。コスメポーチとか教科書とか盗聴盗撮セットとか、JKは持ち物多いんだよ」

(普通のJKは絶対盗聴盗撮セットなんて持ってない)

 カイは呆れてモモカを見たが本人はどこ吹く風だ。サトルも一瞬同じような顔をしたものの、すぐに受け取った物を観察し始めた。

 コナちゃんはリュックにつけるにしては大きいけれど、形はよくある一般的なテディベアだ。頭・胴体・両手・両足の全部で六パーツ。パステル調の薄い紫色で、よく見ると左脚の先にはしゃれた字体で「R・M」と刺繍してある。頭の上からぴょこんと伸びたタグは丸カンに繋がっていて、その先はワンタッチで開閉できるタイプの金具でリュック上部にぶら下がっている。

 カイも先輩を真似て横からコナちゃんをじっと見て――、けれど見た目以上の感想は湧いてこなかった。

(……見てもなんもわかんないな)

 カイの気持ちを知ってか知らずか、サトルはお手本のようにモモカに質問を投げかける。

「このキーホルダー……コナちゃんはいつから付けてるんですか?」

「高校に入学してからだ。もう三年目だな」

「三年……正確に言うなら丸二年ですか。それにしてはきれいにしてますね、こんな薄い色すぐ汚れそうなのに。洗ったりしてるんですか?」

「洗ってはねぇけど、大切にしてるからなァ。あぁ、でも――」

「でも?」

「コナちゃんが戻ってきた時、失くす前よりきれいになってるような気もしたんだよな。――まぁ普通そんなハズねぇし、気のせいだとは思うんだが」

「ふむ、失くす前よりきれいになった……。キーホルダーの金具部分、こちらは少し錆びてますね。これは元からですか?」

「元からだな。そっちもきれいにしろって説教かぁ?」

「いえいえ、とんでもない。……休み時間に分解したって言ってましたよね。解いたのは首だけですか? 全部のパーツ解体したんですか? その時に綿詰め替えたりしました?」

「そこまではしてねぇ。そもそもコナちゃんを分解して戻せたのだって、たまたま手芸部の奴に道具借りれたからだ。綿の準備なんてしてねぇよ。解いたのは正確に言うなら胴体と頭のそれぞれの付け根、それとそのふたつを繋げてる糸だな」

「大事なコナちゃんのはらわたと脳みそを引きずりだしたと……」

「やんのか、アァン?」

「冗談ですよ、勝確かちかくの喧嘩なんてつまらないし……。それだけ大事にしているコナちゃんですけど、もしかして誰かからのもらい物ですか? 弟さんとか?」

「……弟じゃねぇ。けど、もらい物なのは合ってるよ」

「へえ。誰から?」

「……ちっ、うっせぇな、大事な人からだよ! それがなんか関係あんのか!?」

「へ~~~~~~え」

 目を細くして見てくるサトルから視線を逸らし、モモカはまた机を蹴り上げた。それをレオラが「もう、やめなって!」と嗜める。――その頬がなんだか緩んでいるように見えたのは、カイの気のせいだろうか。

 サトルはそんなふたりを交互に見て、

「わかりましたよ」

 いつもより少しだけ柔らかい笑みを浮かべた。

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