第3話Ep6.How?/活動報告


「わかったのか!? 早く教えろ!」

 サトルの言葉にモモカは身を乗り出した。その拍子に彼女が座っていた椅子が後ろに倒れる。その音とニコニコと己を見つめる正面の男子の顔で我に返ったのか、モモカはまた不機嫌そうな表情に戻って席に着いた。

 レオラはそんな友人とサトルを交互に見て不安そうに両手を握りしめる。その向かいでカイは先輩の推理が聞ける! と顔を輝かせた。

 サトルはそんな三人をぐるっと見渡し、最終的に正面のモモカを見つめて、

「はいはい、教えますけど、ちょっと落ち着いて。先にコナちゃん返しますよ、ありがとうございます。――で、モモカさん。ひとつ聞いておきたいんですけど。あなたはこのコナちゃん失踪事件の真相がわかったら――例えば、コナちゃんを意図的に隠した犯人がいたとしたら。その人をどうします?」

(いつの間にか『コナちゃん失踪事件』になってる――って、え、)

「犯人!?」

 心の中で叫んだはずが知らず知らずのうちに声に出ていた。

 これは単に、この百目モモモク檬藻花モモカという少女が不注意でキーホルダーを落として失くしたという、そういう話ではなかったのか。もし誰かが意図的に隠したのだとしたら、全然話が変わってくる――。

 驚くカイにサトルは目を細めた。「例えば、ですよ」と小さく言って、

「で、どうします、モモカさん。いつもの口撃で糾弾しますか? 言葉の弾をマシンガンで打ち出して、百個穴を開けて覗いてみます? それとも――ナイフみたいに縁を切って、二度と関わらないように離れます?」

 見透かすようなサトルの言葉にモモカは「それ、は……」と戻ってきたテディベアを握りしめた。終始勝気で強気だった彼女に、初めて不安げな色が浮かぶ。薄紫色のくまが形を歪める。

「コナちゃんはあーしの大事なモンだから、もし盗ったっていうなら許せねぇよ。けど、結局帰ってきてるし……。一旦あーしの手から取り上げなきゃなンねぇ事情があったっていうなら、ちゃんと説明してほしい。いや、本当は……取り上げる前に言ってほしかったけど……」

「説明されたら許すんですか?」

「それは……内容による。けど……むやみに怒鳴ったり黙ったりは絶対にしない。ちゃんと聞くよ」

「レ……クルキタ先輩はどうですか?」

「わ、私?」

「はい。参考までに聞いておこうと思って。もし大事にしてる物が失くなって、その犯人が――自分の知ってる人だったりしたら。どうします? もう信用できないと関わるのをやめますか?」

 突然話を振られ、レオラはうつむき押し黙った。そのまま数秒沈黙を続けてから、

「私も……まずはちゃんと説明してほしいって思うかな。それで……理由はどうあれ、私なら、今までの関係を一瞬で崩したくないって思う。……友達だったら、ずっと友達でいたいってきっと思う」

 サトルはまたふたりを交互に見た。

 「ふふ、わかりました」と少しだけ重くなった空気の中で微笑み指を一本立てて、

「では答え合わせをしましょう。――モモカさん、『善意のはやにえ』って知ってます?」

「は?」

 ポカンとするモモカにニコニコと続ける。

「道にある落とし物を見つけた第三者がそれを見つけやすい位置に移動させる行為です。踏まれないようにって意味もあったりする、百パーセント善意の行いですね。ただ今回の場合は、その善意が裏目に出てしまったと」

「おい、ちょっと待てよ。じゃあなんだ、水曜日にあーしはコナちゃんを落として、その後たまたま通りかかった通行人がそれを見つけて木の枝に引っ掛けた、その道を何往復もしといてあーしはそれに気付かなかったと?」

「『気付かなかったと?』もなにも、事実気付いてなかったじゃないですか。さっき自分で言ってたじゃないですか、『這いつくばって這い回って探し回った』って。つまり下しか見てなかったってことでしょう。百個ある目は全部節穴だったみたいですね」

「ちっ……。じゃあ仮に落とした後そうだったとしても。コナちゃんを落としたら普通その時点で気付くだろ。あんだけデカいんだぞ」

「そりゃあ当然、見てたら気付くでしょうね。でも見てなければ気付くのは難しいと思いますよ。なんですかあのリュックの重さ、あそこから熊一匹いなくなったところでわかるわけないでしょう。誤差ですよ誤差。コナちゃんは布製だから落ちても音はしないでしょうし。歩いている途中で木の枝にでも引っかかって落ちたけど話に夢中になってて気づかなかった、そんなところでしょう」

「むぅ……」

 モモカはまだなにか言いたそうだったが、彼女が口を開く前にサトルはひらひらと手を振った。

「さ、わかったら早く戻ってください。早くしないと昼休みが終わってしまいますよ。これ以上嫌いな人間を見ていたくありません、一刻も早く僕の前から姿を消してください」

「……ちっ。行こうぜ、レオラ」

「あ、うん……。お邪魔したね、トイマくん、ジングウくん」

 立ち去ろうとするふたりに「最後に、一個だけ」とサトルは声を掛けた。

「大丈夫、ふたりが心配するようなことは何もありませんよ」



――――――――――


【活動報告】


日時:四月二十二日


作成:問間覚


相談者:三年二組 百目檬藻花


相談内容:

 二十日にお気に入りのぬいぐるみを落としてしまった。その後二日間探し回っても見つからなかったのに、今朝になって道端でそのぬいぐるみを発見した。なぜ二日間見つからなかったのか。


結果:

 ぬいぐるみは落としてすぐに通行人に拾われ、見つけやすいようにと地面から高い位置に移動させられた。しかし相談者は地面にあると思い込んで下ばかり見ていたため、二日間見つけられなかった。


――――――――――

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