第3話Ep7.サトルライアー


「『善意のはやにえ』って、言われてみれば聞いたことあるかも。でも先輩、よく話聞いただけでわかりましたね」

 モモカとレオラが去った教室でカイは感心したようにサトルを見る。デフォルトの無表情に戻っていたサトルは、

「ああ、あれ。嘘ですよ」

 と顔の筋肉を動かさずそう言った。

「えっ。嘘なんですか」

「むしろあの流れであれを信じたんですか? きみ、詐欺とか引っかからないように気をつけた方がいいですよ」

「えぇ……。じゃあ、本当はあのコナちゃんってキーホルダーを盗んだ犯人がいるってことですか? ……あれ、でも、じゃあなんで嘘なんてついたんですか? 犯人がいるならそう言えばいいのに」

「『盗んだ』、は正しくないですね……コナちゃんはモモカさんの手に戻っているので。正しくは『隠した』、でしょうか」

 カイはそんなのどっちでも同じじゃないかと思ったけれど、先輩の考えは違うらしい。遠い目をする彼の言葉の続きを待つ。

 サトルは教室を出た彼女たちの背中がまだ見えるみたいにそちらを見ながら、

「コナちゃんを隠したのはレオラ先輩ですね」

「クルキタ先輩が……なんで……?」

(やっぱりいじめられてて、その仕返しとか……?)

 そう思った途端に、「いえ、いじめられてるわけではないですよ」とサトルに思考まで否定される。

(まだ何も言ってないのに)

「ああすいません、そんな感じの顔してたので。モモカさんは嫌いな人間には嫌いと言うけれど、ねちねちいじめたりはしませんよ。ふたりは普通に仲がいいだけです。そう、普通に仲がいい――。けれど互いに本当に仲がいいのか信じきれなくて、この事件は起きたんです」

「どういうことですか?」

 仲が悪いならともかく、仲がいいのに友達のキーホルダーをこっそり隠すのは意味がわからない。カイは首を傾げサトルは顎に手を当てた。「さて、どこから話したものか――」と数秒考えこむ。

 その間にカイも必死にレオラがキーホルダーを隠した理由を考える。そしてひとつ思いついてパッと顔を上げた。

「あっ、もしかして! サプライズですか? 実は今日モモモク先輩の誕生日で、あの熊になにかメッセージが仕掛けられてるとか!?」

 これ、キタんじゃないか? サプライズだったらこっそりやるの当然だし! そう思って顔を輝かせるカイに、

「違います」

 サトルは即答した。

「えぇ……。否定はや」

「モモカさんはコナちゃんを分解までして何もなかったと言ってるんですよ。そんなサプライズがありますか。モモカさんの誕生日でもないし」

「え、モモモク先輩の誕生日知ってるんですか?」

 そういえばサトル先輩は先輩のことを「さん」と呼んだり「先輩」と呼んだりしている。仲のいいジンゴ先輩のことは「ジンゴ」だし、もしかしてあのギャル先輩とも何かあるのだろうか。

 そう思ってつい気になった質問にサトルは口を覆って目を逸らした。すぐに眼鏡に隠れたけれど、一瞬だけ気まずそうな顔がそこに浮かんだ。

(え、当たり?)

「もしかして元カノとかですか?」

「違い……ます」

。じゃあむかし好きだったとか?」

 ちょっと似てるとこあるし案外ありそうと思って言った言葉を、

「違います」

 サトルは今度こそキッパリ否定した。

「モモカさんとは……家が近所でむかしから付き合いがあるんですよ、それでちょっと色々知ってるだけです、さ、話を戻しますよ」

(超早口じゃん)

 もはやキーホルダーの件そっちのけで聞きたいくらいだったけれど、あまり迂闊に踏み込むと本当に殴られそうなのでカイは黙って頷いた。

「カイくん、僕がコナちゃんについて聞いたとき、モモカさんが気になること言ってたのわかりました?」

「え、えっと~。あ、あれですか? コナちゃんがきれいになったっていう!」

 なんとか答えたカイにサトルはジトリと視線を向け、

「……正解です」

 どことなく不機嫌そうにそう言った。

(こっわ、外してたら絶対キレてるじゃん。むしろ外した方がよかったのかな……)

「モモカさんはそう言っていたし、僕もずっと鞄につけていたにしてはきれいだと思いました。目立った汚れはなかったし、触った感じ、綿も新品みたいにヘタってなかった。――それに、よく見るとモモカさんが言ってた頭と背中だけでなくて、すべてのパーツに縫い直した跡があったんですよ」

「先輩、そんなのわかるんですか!?」

 一瞬で目を輝かせたカイからまた気まずそうに顔を背け、

「……糸の色が微妙に違ったんですよ。がんばって似てる色探したんでしょうけど。きみも手に取ってちゃんと見ればわかったと思いますよ。――さてカイくん、ここからコナちゃんはいなくなった間になにをしていたと思います?」

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