第3話Ep8.Truth


「――洗っ、た……? それで綿も取り換えた……?」

 半信半疑で言うカイに、

「正解です」

 とサトルは今度こそ深く頷いた。

「金具と繋がっているタグに千切れた跡はなかったし、ボールチェーンでもないあのタイプの金具が自然に外れたとは考えにくい……。となれば、人間の手によってリュックから外され洗われ、今朝木の枝に引っ掛けられたと考えるのが妥当でしょう。そしてそれをできるのはモモカさんを除いてはレオラ先輩しかいません。おそらく、ファミレスでモモカさんからリュックを預かったレオラ先輩はコナちゃんが汚れているのに気が付いた。そこでこっそり外して持ち帰り、洗って乾かして綿も入れ替えて元のように縫い直し、今朝早めに家を出て木の枝に引っ掛けた。そしてそこを通る時にあたかもいま発見したかのように声を上げた、と」

 同じような色の糸探して綿も買って分解して縫い直すとか、そんなことしてたら二晩かかるのも納得ですよね。僕はそういう細かい作業できないしレオラ先輩の手芸スキルも知らないけど、むしろよく二日で終わりましたよ。指に貼ってた絆創膏はソフトよりもこの作業で怪我したんじゃないかな。

 感心したようにひとりで話し続ける先輩に、「え、ちょっと待ってくださいよ」とカイは慌てて割って入った。

「はい。どこかわからないところでも?」

「いや、っていうかそもそも……。クルキタ先輩がそんなことする必要なくないですか? あの熊はモモモク先輩のなんだから。汚れに気付いたら教えればいいだけじゃないですか」

「……ああ。あ~~。わかりませんか」

 サトルはこちらを見たままため息をついた。それも随分、わざとらしく。

(ぐ……。先輩にこういうこと思うのはアレだけど……。うざ……!)

 さっきモモカのことをイジったからか、それともジンゴがいないからか。やたらもったいぶってくる先輩にイラっとしつつもカイはなんとか笑顔を作った。

「ちょっとワカラナイデスネ……!」

「……ふふ。いえ、失礼、すみません。きみは本当に全部顔に出ますね」

「……先輩、俺で遊んでます?」

「ふふふふ」

「…………」

 怒った方がいいのだろうか。楽しそうに笑う先輩に言いあぐねていると向こうが先に喋り出した。

「あはは、すみません、ちょっとからかいすぎましたか。レオラ先輩の話に戻るとですね。汚れに気が付いても言いだしづらい状況って――、ありませんか?」

「……あります?」

 カイが首を捻っていると、サトルは今度はすぐに答えを言った。

「自分が汚してしまった時ですよ」

「あ……確かに。じゃあクルキタ先輩はファミレスであの熊を汚しちゃったってことですか。それでそれを隠そうとしてコナちゃんを持ち帰った?」

 得心して矢継ぎ早に紡いだカイの言葉に、

「いえ、残念ながら少し違いますね」

 サトルは小さく首を振った。

「おそらくですけど、レオラ先輩がコナちゃんを汚してしまったのはもう少し前、昼休みのことでしょう」

「昼休み?」

「ええ。このコナちゃん失踪事件、そもそもの発端となったのは二日前、水曜日のお昼休みです。さて、何がありました?」

 切れ長の目で問いかけられてカイは慌てて記憶を辿った。

「えっと――。あっ、モモモク先輩がお昼忘れたって言ってましたね。ふたりで菓子パンパーティーしたって」

「そう、それ。でもいま大事なのはちょうどその間ですね」

「その間――? あ、お弁当忘れて購買にパン買いに行ったって、そこですか?」

「そう、正解です」

 サトルは今日何度目かになるその台詞をため息混じりに吐き出した。話疲れてきたのか、机に片肘をついて頭を支えながら語りだす。

「モモカさんが購買に行く間、レオラ先輩はモモカさんの机の側で待っていた。昼休みの購買なんてただの地獄ですからね、彼女がなかなか帰ってこないので先にジュースだけ飲もうとしたんでしょう」

「それで、こぼした――?」

「ええ。コナちゃんの色からして飲んでたのはぶどうジュースですかね。それをこぼしてしまい、コナちゃんとリュックを直撃した。まあ当然拭きますよね。そしたらパッと見きれいになった。その後モモカさんが戻ってきた時点でこぼしてしまったことを言えればよかったんでしょうけど……たまたま忘れてしまったのか、モモカさんのお喋りで言いだす隙を逃したのか――、ともかく、結果としては言い出せずに隠してしまう形になった」

「……でも、拭いてきれいになったんですよね? じゃあそれでいいじゃないですか。言い出さなかったのはよくないかもだけど……その後コナちゃんを隠したことに繋がらなくないですか?」

 当然の疑問にサトルはまた目を細めて薄い笑みを浮かべた。出来の悪い生徒を見るような目を向けられ、少しだけ居心地が悪くなる。

「ふふ。きれいになったのはあくまで『パッと見』ですよ、『パッと見』。知ってますかカイくん、一部の汚れは時間が経つと変色することがあるんです。コナちゃんは薄紫色だし、ぶどうジュースがこぼれても始めはそこまで目立たなかったのでしょう。それもあって拭いた時に落ち切っていなかったのでしょうね、レオラ先輩はファミレスでリュックを受け取った時に汚れが変色して目立ってきていることに気が付いた。そして咄嗟に隠してしまった。その後どうするか悩んだ彼女は、自分がジュースをこぼしたという事実ごと隠滅するため、洗って元に戻した、と。これでほぼ間違いないでしょう」

 言い切る先輩に対して先ほどの居心地の悪さはどこへやら、カイの目は瞬く間に輝いた。

「すっげぇ! サトル先輩すっげー! よくわかりますねそんなの!」

「……デジャヴ…………。いえ、カイくんもちゃんと手に取ってよく見ていればわかったはずですよ。コナちゃんを見せてもらった時、よく見るとリュックや缶バッチにも汚れが付いていましたから」

「そうなんですか!? 俺、ぬいぐるみばっか見ててリュック自体は全然見てなかったな~」

 自分の目でちゃんと観察するって大事ですね、ていうか先輩、そういうの気付いてたならあのリュック俺にも回してくださいよ~。

 目を輝かせたままそう続ける後輩から顔を背け、サトルはまた遠い目をする。ふたりが出て行った方をまた見つめ、

「――でも」

「でも?」

「……モモカさんはなんでも知ってる新聞部の部長ですよ。いま僕が話した程度のこと、彼女がわかってないわけないんですよ。だからわざわざあのクソ重いリュックごとコナちゃんを持ってきたし、水曜日の昼休みの下りから話を始めた。――言外に犯人を僕に教え、別の相談をするために」

「別の、相談――?」

「……まあ結局」

 立ち上がりざま、サトルは首を傾げるカイをチラリと見た。昼休み終了の予鈴が鳴る。

 一瞬目が合った先輩は、なぜか懐かしむような顔をしていた。

「どんなに化粧を重ねて言葉の弾丸を携えて武装しても。見た目を強くして耳から入る音で自分を強化しようとしても。――モモカさんも、結局、ただの女子高生だってことですよ」


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