第3話Ep3.モモカベアー


 モモカともうひとりの女子生徒はようやく向かいの椅子に座った。その際に手前に持ち替えたことで、カイはモモカがリュックを背負っていたことにやっと気が付いた。

(まだ昼休みなのに。なんでリュック持ってるんだろ、早退するのかな)

「――本題に入る前に。僕は先ほどからそちらの方が気になっているのですが、そろそろ紹介してもらえませんか?」

 正面に座ったモモカにサトルはその「もうひとり」の紹介を促した。

 カイの向かいに座った彼女は頷き、

「初めまして、来来クルキタ黎王羅レオラです。モカちゃんとは中学の時から友達で、今日は付き添いで」

(うっわあ、レオラって。名前似合わな)

 つい、声に出していたらとんでもなく失礼なことを思ってしまう。

 レオラはモモカとは打って変わって、大人しそうな印象の少女だった。低い鼻の周りにはそばかすが浮き、その丸顔を縁取るのは黒い地毛のボブカット。制服のベストとブレザーをきちんと着用し、スカートも元の膝が隠れる丈。それは野暮ったいとも言えるけれど、彼女の雰囲気にはむしろ合っていた。

 ――その容姿でレオラという名前なのがいささか浮いている、というのはカイでなくとも思うところではあるのだけれど。

「初めまして、僕は二年の問間トイマサトルです。こっちは後輩の神宮ジングウカイ。――レオラ先輩とお呼びしても?」

「いいわけねぇだろ、距離感バグってんのか」

 まったく動じずいつもの笑みを浮かべるサトルに答えたのは、本人ではなく隣のギャルだ。机を蹴りつけながらそう言うモモカにサトルは肩をすくめる。

「ではクルキタ先輩と。――先輩、ソフト部じゃないですよね?」

「すごい、どうして――」

「てめーの喋り方ホントムカつくな」

 小さく驚くレオラの横で、それを遮るようにモモカが机を蹴り上げる。友人の挙動にレオラは机の上の両手をギュッと握り合わせた。その手は筋肉質で、指先には絆創膏を貼っている。

「んなもん手を見りゃ大体わかるだろーが。マメの付き方からしてよくボールを投げるスポーツ、となりゃあウチは女子野球部はねぇからソフトしかねぇ。そう考えるとあーしらがわざわざお昼休みこんな時間に来てるのも納得だよな、放課後は練習があるからなぁ。はいはいご名答、レオラはソフト部でピッチャーだ。いやはやまったくの名探偵ぶりだなぁ、こんな誰でもわかることいちいち指摘して満足かよ」

(全然わからなかった……)

 モモカの喋り方は変わらず煽るようで人によってはまたそれに怒ったかもしれないけれど、素直さが取り得のカイは素直なので素直にすごいと感嘆した。

 そこまで素直でないサトルの方は「すみません、つい癖で」と目を細める。

「それで? モモカさん。本題の相談とは」

「あァそうだなァ。コイツのことなんだけどよ」

 モモカは膝の上に乗せていたリュックを――否、リュックについていた大きなキーホルダーを指し示した。

 より詳しくいうならそれは綿の詰まったくまのぬいぐるみ――つまりテディベアだった。彼女の黒いリュックには蛍光色の缶バッチがいくつも付いていてそれぞれに主張していたけれど、そのテディベアに敵うものはいなかった。

 リュックの半分ほどの、キーホルダーにしては異様な巨大さ。黒地によく映える薄紫色。明らかに校則違反のサイズのそれは、カラフルな缶バッチに囲まれていてもなお目立っていて――百目モモモク檬藻花モモカという少女を表しているようでもあった。

「その大きいばかりで邪魔そうな熊が、なにか」

「その減らず口たたっ切るぞ。熊じゃねぇ、この子の名前はコナちゃんだ」

「コナちゃん……」

 思わずそう言ってしまったのはカイだ。「あぁん」とモモカに睨まれほとんど反射で「スミマセン」と口にする。

(この感じでぬいぐるみに名前つけるタイプと思わないじゃん!?)

「モモカさんはこの感じで持ってるぬいぐるみ全部に名前付けるタイプなんですよ。――で、コナちゃんがどうしました」

 軽く咳払いしてサトルが話の軌道を元に戻す。「ちっ、それがよぉ」とモモカは机に頬杖をついた。

「一昨日――水曜日の帰り道のことだ。コナちゃんを失くしちまってよ」

「あるじゃないですか」

「それがおかしぃんだ。水曜に失くして、その時はどっかで落としたんだと思って通学路を何往復もしたンだよ。それこそ目を皿のようにしてその上に点までつけて、血眼になって探し回った。んでも、見つからなかった。昨日も同じだ、あーしは這いつくばって這い回って探し回った。でも見つからなくてよぉ。ところが今朝、急にコナちゃんが見つかったんだ。おかしいだろ、昨日も一昨日もなかったのに、急に見つかるなんて。そんでもしかしたら中に盗聴器かGPSでも仕掛けられたんじゃないかと思って休み時間のうちに一度分解したんだが、」

(普通は絶対その発想にならない)

「大事なコナちゃんの腹を裂いたんですか」

「馬鹿言えトイマ、腹じゃねぇ、首だ。それに裂いたんじゃねぇ、丁寧に糸をほどいただけだ。でも結局なにもなかった。――どういうことだと思う」

 モモカは思い出すように遠くを見ていた視線をサトルに戻した。睨みつけるように――その強い視線で何かを訴えるように彼を見る。

 どうもこうも、単に落として見落としていたのを今朝発見しただけじゃないのか。カイはそう思ったけれど、サトルには別の何かが見えているようだった。「へえ、モモカさんがそんなこと頼むなんて。へえ~~~~」と小さく呟き目を細める。

「けど、今の話だけだとなんとも言えないので。もう少し詳しく教えてくれませんか、モモモカさん」

「上で呼びたいのか下で呼びたいのかハッキリしろ。あーしの名前は百目モモモク檬藻花モモカだ」

「失礼、噛みました」

「ちげぇな、わざとだ」

「かみまみた」

「かわいくねぇ」

(かわいくない……)

「あは、あはは……。トイマくん、そういうこと言うんだね……」

「……ひっぱたきますよ」

「えっ!? 俺!?」

 唯一声に出さなかった自分だけ睨まれ、理不尽を感じるカイだった。

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