第3話 百目と新聞部
第3話Ep1.ヒャクメニュース
四月二十二日、金曜日。
昼休み、午後十二時二十分。職員棟、生活指導室。
「僕はあなたが嫌いです、モモカさん」
「そーだな、あーしもおめーが
丁々発止のやり取りの横で、カイは「あの、先輩、落ち着いて……」とおろおろと両手を上げ下げした。
丁々発止――否、その語源が刀で打ち合うことならば、これはナイフとマシンガンの戦いだ。相手の隙を伺い静かに必殺の一撃を繰り出すナイフと、無数の弾丸と炸裂音で威嚇し追い詰めていくマシンガンのぶつかり合い。
しかしいくら武器に例えたところで、
(どうしよう、先生呼んだ方がいいのかな。こういう時に限ってジンゴ先輩いないし。この人も止めるのはできなそうだし……)
カイが目をやったのはマシンガンのごとき少女――と一緒に来た、もうひとりの女子生徒だ。彼女は今もなお罵詈雑言を並び立てるマシンガンとは打って変わって朴訥そうな顔をしており、隣に並んでいると違和感を覚えるほどだ。――いじめられているのではないかとか、何か弱みを握られているのではないかとか、疑ってしまうほどに。
その彼女は第一印象のそのままに、「やめなよ、モカちゃん……」ともうひとりに向かって手を伸ばしては引っ込めていた。
――その様子はカイとまったく一緒なのだけど、自分のことは棚に上げて――カイは内心ため息をついた。どうしてこうなってしまったのか。
♢ ♦ ♢
四月二十二日、金曜日。
昼休み、午後十二時十分。職員棟、生活指導室。
――――――――――
―2022.4.22 10:56―
―お悩み相談部―
j.m.:
今日の昼休み行ける人いる?
神宮開:
俺行きます!
サトル:
了解
kiki:
ごめん💦
昼休みは会議あって💦
サトル:
@j.m. 来るの?
j.m.:
スマン
j.m.:
本当に申し訳ないと思ってはいる
――――――――――
SNSアプリ「つながるくん」でこのやり取りがされたのは二限が終わってすぐのことだった。三限が終わった直後、つまり昼休みが始まったと同時にカイは弁当を抱えて生活指導室――を、間借りしているお悩み相談部の部室へ駆けこんだ。
お悩み相談部。
三年生の
基本的には放課後の活動メインだけれど、必要があればこうして昼休みにも生徒の相談に乗るらしい。カイは十日ほど前に入部したばかりで、やる気と元気は部員の誰よりも溢れていた。
一番に部室に着いてそわそわしていると、
「お疲れ様です。――早いですね」
間もなく先輩が静かに扉を開けた。
入ってきたのは二年生の
「――なんですか、他人の顔じろじろ見て」
「あ、いや、ナンデモナイデス、オツカレサマデス……」
挙動不審になったカイを訝し気に見て、けれどサトルはそれ以上の追及をしなかった。放課後いつもそうするように向かい合わせに机を四つ並べ、隣合って弁当を広げる。歓談しつつもカイは見た目の通りにサトルは見た目の割に食べるのが早く、あっという間にふたりの昼食は終わった。その後また取り留めのない話をして、そこまではよかった。
「いるか!? いるよな、いないわけがねぇよなぁ」
その言葉とともに勢いよく部室の扉が引かれ、カイの肩が反射的にビクリと震える。けれどそこは先輩というべきか、サトルは突然の来訪者にも驚かず、そちらを向くと同時に笑顔を浮かべていた。目の細め方から口角の上げ方まで、計算したみたいに完璧な笑顔を。
「こんにちは、お悩み相談部へようこそ。モモカさんでしたか」
身長はカイの肩下くらい、女子にしても小さい部類の彼女は不機嫌そうにサトルを見た。「小さくて可愛らしい女子が不満そうに見つめてくる」、それは場合によってはあざとい仕草になるかもしれないが、カイが感じたのはただただ純粋な威圧感だった。
なぜってカイが彼女に抱いた第一印象と言えば、
(ギャルこっわ)
だったから。
彼女の明るく染めた髪は頭の高い位置でツインテールにまとめられ、カラフルなヘアピンを前髪やそこかしこに差し、顔はつけまつげまで装着したバッチリメイクだ。本来膝丈のスカートは階段の下から見上げれば下着が見えかねない丈まで短くなり、しかし本人は気にしていないのかくるぶしソックスと合わせて大胆に脚をあらわにしている。ブラウスの上には淡いクリーム色のカーディガンを羽織り、制服の黒いベストとブレザーは完全に脱ぎ去られていた。
そしてその見た目は周囲を圧する武装として働き、ただでさえ女子に慣れていないカイは完全にフリーズした。
隣の先輩はそのカイを小突いて、
「カイくん、紹介しますよ。こちらは――」
「はっ、黙れよトイマ。知ってんだろ、あーしは自分以外の口から自分の名前が聞こえるのが心底
にこやかなサトルの台詞を遮り彼女はツカツカと向かい合わせの机に近づいた。その後ろからもうひとり女子がそっと入ってきたが、カイの意識は目の前のモモカの対処でいっぱいいっぱいだ。
彼女はサトルの向かいの机にバンッと片手を叩きつけ、
「
したのは自己紹介で相違ないが、この場合切ったのは仁義か啖呵か――。
眼光鋭い彼女に、
「では僕のこともサトルと。僕が名字で呼ばれるの嫌いなの、知ってますよね、モモカさん」
サトルはあくまで穏やかに、にこやかに――、あえて「モモカ」と、そう返した。
ふたりの間に火花が散る。
そして――その火花が引火する直前、あまりの険悪さにフリーズしていたカイは我に返った。
「あっ、あの、初めまして! 俺は――」
カイは空気の読めなさに定評があるけれど、このときばかりはあえて空気を読まずに自己紹介を試みた。黙っていたら殴り合いの喧嘩が始まりそうな雰囲気だ。
けれどそんなカイの勇気を踏みにじるかのごとく。
「知ってる、知ってる。あーしはぜぇ~んぶ知っている。一年三組
「なんで、そんなこと知って……」
サトルを睨みつけたまま流れるように喋るモモカにたじろぐ。前半はともかく、後半は本当になんで知っているのかわからない。身長体重なんかは調べればまだわかるかもしれないけれど、どうしてふたりに憧れているのを知ってるのか。当人たちには話したことがあるけれど、それは自分たち三人しかいない場でのことだ。この様子で彼らがそれを彼女に話したとは思えない、なのに、どうして――。
「落ち着いてください、カイくん。彼女のペースに乗せられたらダメですよ」
大混乱のカイにサトルの声が染み渡る。それは冷たくも聞こえるトーンだったけれど、その声色で脳内の熱が一気に冷まされ目が覚める。
「彼女は新聞部部長です。隠しカメラだけでなく盗聴器も学校中に仕掛けてますから」
「新聞部、部長……」
サトルの声を反芻する。
新聞部部長。
噂だけは聞いていた。
曰く、この学校の生徒について知りたいことがあれば、生徒会長か新聞部部長に聞けばいい。
曰く、学校中に隠しカメラを仕掛けている。
曰く――、性格がヤバイ。できるだけ関わりたくない。
カイの中で圧倒的陽キャポジションにいるジンゴ先輩が言っていた言葉が、いま、目の前で牙をむいている。
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