タナトス&コイトス
Unknown
タナトス&コイトス
26歳アパート暮らしフリーター(パチンコ屋勤務)の俺は最近めちゃくちゃ死にたい気分だ。それでも頑張って今日も自殺しないで生きている。
イヤホン着けて音楽を爆音で聴きながらダラダラとネットサーフィンをしていたら、いつの間にか部屋が真っ暗になっていた。現在20時41分。部屋の光源はノートパソコンしかない。
「ああ、もう夜か。薬飲まなきゃ」
俺はアイコスを吸いながら椅子から立ち上がり、冷蔵庫から抗うつ薬のパックを数種類取り出した。セルトラリン、トラゾドン、エビリファイの3種類。
俺は冷えた野菜ジュースで薬を飲み込んだ。
「……明日バイトか。めんどくせえ」
俺は独り言を呟き、再び椅子に戻って、パソコンの画面を見ながらマウスをカチカチと操作した。
◆
実は俺には2年くらい付き合っている「佐藤みく」という大切な彼女がいる。年齢は俺と同じ。バイト先で知り合って付き合い始めた。「類は友を呼ぶ」という言葉があるように、みくも俺と同じでメンヘラだ。頻繁に死にたがっている。みくは今、実家で引きこもって生きている。持病の躁鬱病が悪化した為だ。「みくは俺が支えるから、ゆっくり療養して」とは伝えてある。でもほとんど毎日「死にたい」と連絡が来る。
「……」
俺がパソコンの画面を見てぼーっとしていると、デスクの上に置いてあったスマホが振動した。みくからの着信だ。
俺はスマホを持ち、言う。
「もしもし」
『えーん!!!!!!!!!!!!!』
スマホの向こうの「みく」は大号泣している。
「どうしたの?」
『ごめんね、また手首切っちゃった……』
「謝るなよ、みくは何も悪くないよ。傷は大した事ない?」
『うん。大丈夫。ありがとう……。優雅、今ひま?』
「ひまだよ。今日はずっと家でダラダラしてた」
『今から優雅のアパートに遊び行ってもいい?』
「良いよ。2人で政治の話でもしながら酒でも飲もうや。尖閣諸島や竹島がどこの領土なのか話し合おう。俺が今から迎えに行くよ」
『大丈夫。私、家からアパートまで歩くから。ついでにコンビニでお酒買ってくね』
「わかった。気をつけてね」
『うん。じゃあね』
みくの実家から俺のアパートまでは徒歩10秒の距離だ。みくの要望で、俺はみくの実家にクッソ近いアパートに引っ越したのである。
みくの実家が近いから俺も安心する。もし何かあった時、すぐに駆けつけられるからだ。
「ふう……」
俺はアイコスの煙を吐き、何となく自分の右腕を見た。俺の右腕には黒いタトゥーのような大きい模様がある。みくにはタトゥーだと伝えているが、実はこれはタトゥーではなく「王家の封印の紋章」である。俺が小さい頃、親父が俺に勝手に彫った。
俺も詳しい話は知らないが、この地球には国際連合を陰で統括している秘密組織があって、親父はその組織のリーダーらしい。よく分からないが、俺の親父は普通のサラリーマンかと思いきや、その実態は地球を統べる王なのだ。その息子である俺は親父が死んだ後に王にならなきゃいけないらしい。めんどくせえ。俺は一生フリーターでも良いから、みくと一緒に生きていたい。
◆
──今まで、この話はみくにさえした事がないが、実は俺の右腕には「王の力」が封印してある。これが解放された時、世界は終焉へのカウントダウンを始める。具体的に言うと、俺の「王の力」が解放されてしまうと宇宙から超巨大な隕石が降ってきて地球は爆発四散し、滅亡する。この世の全ての命を守る為に、俺はどうしてもこの「王の力」を解放させるわけにはいかない。
でも最近、俺の右腕が疼いて仕方ない。これ以上、俺は「王の力」を自分の腕の中に留めておく事が出来ないかもしれない。
でも俺は、みくを守りたいんだ。大好きなみくには生きててほしいんだ。みくには幸せになってほしいんだ。
でも、みくは頻繁に「死にたい」と言い、自らの手首を切りまくる。そして独りぼっちで真っ暗な部屋で泣いている。俺と二人で過ごしている時もたまに泣く。
みくのそんな姿を見ていると、俺は本当に胸が苦しくて苦しくて貰い泣きしてしまう。そして思わず「王の力」をみくの為だけに解放したくなってしまう。
みくをこれ以上苦しめる世界なんて、こんな最低な世界なんて、必要ないんじゃないかと思ってしまう。人類なんて全員死んでしまえば、みくがこれ以上苦しむ必要もないし、涙を流す必要だってないんだよ。
俺だけが幸せになったってなんの意味もねえ。みくと一緒じゃないと意味が無い。みくを苦しめる世界なんて存在価値が無い。
例えば今、俺が自分の右腕を切ると、赫い鮮血と共に「王の力」が世界中に溢れ出して、世界は滅亡する。
愛する彼女の為なら、俺はこの地球を滅ぼす事だって──。
──ピンポーン。
俺が思索を巡らせているうちに、みくが部屋に来た。俺は急いで立ち上がって、アパートの鍵を開けた。
みくは上下黒のスウェットを着ている。右手にはコンビニの袋があって、中には酒が入っているようだ。
みくは、俺の目を見て、少し笑った後、俯いた。みくの目は少し充血している。
「みく、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
顔を見るに、あまり大丈夫そうではなかった。
◆
「部屋汚くてごめん。とりあえず酒でも飲もう」
俺は部屋の電気をつけて、みくを部屋の中に入れた。
みくは小さいクッションの上に小さく座って、コンビニの袋をテーブルの上に置いた。そして、みくはスウェットのポケットから「ラッキーストライク」の箱と百円ライターを取り出して、タバコを吸い始めた。
俺は、みくの向かいに座り、アイコスに電源を入れて、吸う。うまい。
そして2人で同時にタバコの煙を吐き出した。
そのうち、みくは袋から缶チューハイを取り出して、俺に手渡してくれた。
「セブンでストゼロの梨味が売ってたから、私と優雅の分買った。梨好き?」
「大好きだよ」
「よかった」
「じゃあ、乾杯」
「乾杯。KP!」
コツン、と小気味いい音が部屋に鳴る。
プシュ、と缶を開けて2人で酒を飲む。
◆
しばらく喋りながら酒を飲んでいると、みくは速攻で酔っ払って顔が赤くなった。ちなみに俺は酒を飲みまくっても顔が赤くならない体質だ。
俺はタバコを吸いながらぼーっとみくの顔を眺めていた。
芸能人で言うとあの人に似てる。でも名前が出てこない。あ、森七菜だ。
「ねえ優雅」
「ん」
「私、人生がどうでもいい。でも優雅が死んだら悲しいよ」
「俺も人生どうでもいいけど、みくが死んだら悲しい」
「人間ってわがままだね。自分は死にたがるのに、他人には死んでほしくないんだ」
「うん」
「プーチンが全世界に核撃ってくれたらいいのにね。そしたら面倒なこと考えなくて済む」
「……みくに大切な話がある」
「なに?」
「俺の右腕の話」
「タトゥーがどうしたの?」
「実はこれ、タトゥーなんかじゃないんだ」
そして、俺は「王家の封印の紋章」と、それに込められた「王の力」について長々と語った。
◆
「──うそ、じゃあ優雅が右腕切ったら、人類が滅亡するの?」
「うん。今まで隠しててごめん」
いつの間にか、みくはクッションではなく、俺のあぐらの中に座っていた。みくは小柄なので全く重くない。みくの髪からシャンプーの匂いがする。髪を食いたい。
「俺は、みくを守りたい。大好きなみくには生きててほしい。みくには幸せになってほしいんだ。でも、みくが苦しんでる姿を見てると、俺は本当に胸が苦しくて苦しくて、貰い泣きしてしまう。そして思わず“王の力”をみくの為だけに解放したくなってしまう」
「うん……」
「みくをこれ以上苦しめる世界なんて、こんな最低な世界なんて、必要ないんじゃないかって思ってしまう。人類なんて全員死んでしまえば、みくがこれ以上苦しむ必要もないし、涙を流す必要だってないんだよ。俺だけが幸せになったってなんの意味もねえ。みくと一緒じゃないと意味が無い。みくを苦しめる世界なんて存在価値が無い」
「……」
「だから俺は、今からこの世界を滅ぼすよ。それでもいい?」
「うん。いいよ。優雅と一緒に死ねるんだったら、それが一番幸せだから」
「愛してる」
「私も愛してる」
◆
もうこれが最期だから、最期に体を重ねた。色んな思い出が蘇ってきて、俺は少し泣きそうになったが、みくが笑っていたから俺も笑った。
◆
その後、俺は全裸のまま台所に向かい、包丁を手に取った。
これで全てが終わる。
みくも全裸のまま、俺を見ていた。
「ほんとに人類滅亡させるけど、大丈夫?」
「うん! おっけー!!!!!!!」
「わかった。じゃあ切るわ。うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
俺は包丁で自分の右腕を豪快にザックリ切った。すると、血が部屋全体に吹き出すと同時に、俺の腕から真っ黒い光が飛び出して、俺の部屋全体を包み込んだ。
本当にこれで良かったのか?
これでいい。これでいいんだ……!
「くっ、やばい! これ以上は俺の『王の力』が制御できない! うわあああああああああああああああああああ!!!!! 俺の王の力がーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
そう叫ぶと、真っ黒の光はアパートの窓を突き破り、壁も突き破り、全てを破壊しつつ空へと伸びていった。
俺とみくは裸で抱き合って、その様子を見ていた。
◆
そして人類は滅亡しました。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!
ハッピーエンドだーー!!!!!!!
おわり
タナトス&コイトス Unknown @unknown_saigo
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