聞かザル

 「さぁ行きましょうめぐみ!なんだかとーーーてもワクワクするわね!」

そう言ってリボンは左手で髪を耳にかけながら右手を私に差し出した。

わぁ、何でも絵になるなぁ。そんな事を思いながら左手でリボンの右手を握った。

「出発ね!今日は特別な日になりそうね!」

「リ…リボン…さん?はいつも1人なんですか?」

「ふふふっなんて要らないわ!リボンで良いのよ!敬語も要らなーーーい!」

「わっ分かった。リボン」

リボンはニコニコしながら続きを話す。

「そうなの!私ったらいつも1人でお散歩してるの!それ以外にすることを思い浮かばないの!ひどーーーくつまらない!なんて思っていたら、めぐみに出会えたの!」

「それはリボンがいつも1人ってこと?うーんつまり、リボンのお母さんとかお父さんとかは居ないの?お仕事行ってるとか?他には…友達とか?」

「ううん私の母も父もここには居ないの!友達も!ここったらほんとーーーに私しか居ないのよ!あっ!でもむかーーーしちいちゃなお友達が2人出来たわ!とてもちいちゃくて可愛かったの!」

うーん誰も居ないってことなんだろうけど、いまいち良く分からない。リボンの独特の話し方が物事の核心を掴ませない役割を果たしていた。その友達も今は居ないってことだよな。なんか深く追求するのも悪い気がする。

「そっか、それじゃあここはどこなの?」

「それが私にも分からないの!私ったらずーーーとここに居るのに、なーーーにも知らないの!ふふふっ!不思議よね!」

ハチャメチャに明るいのに、内容がめちゃくちゃ悲しくないか?ポップな洋楽の詞の日本語訳が、10代には分からないくらいヘビーな失恋の内容だった時みたいに。重いよ重いっ。これは深掘りしては駄目なやつだな。とりあえず分からないってことが分かった。うん、それでよし。身を委ねるのも一興だろう。

手を繋いだ2人は、草原の中に土がむき出しになった少し細い道を進む。リボンの方からは鼻歌が聞こえ、ルンルンウキウキを体現したような表情でキョロキョロとあちこちへ視線をやっていた。

どうやらリボンはとは感じない性分らしい。私もその方が気楽で良い。1つ懸念が有るとすれば、リボンがスキップを始めたらどうしよう?ということだった。歩調を合わせる為には必然的に私もスキップしなくてはいけなくなる。そこまで私ははしゃいでいない。繋いだ手が離れれば歩くスピードを合わせるだけにハードルが下がるのに。リボンは思いの他ガッチリと手を握っている。こんな細くて綺麗な腕や手からは連想出来ない。私が足を踏み外して、崖から繋いだ手だけの宙ぶらりんになってもリボンならヒョイッと引っ張り上げれそうだ。いや、それは言い過ぎた。

「タンッタンッ」

そんなことを考えているとリボンの足がリズムを取り始めようとしている。出来れば起こって欲しくない想定は大概にして起こるものだ。

「タンッタタンッタンッタタンッ」

まるで低空飛行する綿毛のように軽やかに跳ねる。私も2人の間のバランスがおかしくならないようにリズムを取る。

「でんっだだんっでんっだだんっ」

全っ然可愛くないスキップに自分で思わず吹き出してしまった。リボンは私を見ると満面の笑みで楽しそうにした。

「あら!あらあらあら!」

突然繋いでいた手が離され、リボンは少し先にある1本の木へと目がけて猛ダッシュした。私も遅れて後に続く。

「あら!ダナンこんにちは!今日は素敵な友達といーーーしょなのよ!」

ダナン?誰も見当たらないし、ここには誰も居ないってさっき…

リボンの視線の先を見る。1匹のしろくろぶち模様の猫が木陰で毛づくろいをしていた。

「めぐみ!こちらはダナン!私が名付けたのよ!ダナンったらとーーーてもブサイクでしょう?ふふふっ!でもそこがたまらなくキュートでしょう?」

本当だ。どこかふてぶてしいその顔は、ファンタジー映画で悪役に撫でられている猫に似ている。いや、あそこまでではないけども。細くなっている目は猫にしては珍しく黒目がちで確かにかわいい。

「こんにちはダナン。私はめぐみ」

ダナンは毛づくろいにご執心で私に一瞥も送らない。まぁ、そこが猫の良い所か。するとダナンはムクリと起き上がり歩き出した。

「とた、とた、とた、とた」

「そうだわめぐみ!ダナンも一緒にお散歩しましょう!ダナンったらとーーーても物知りなの!だからこの辺りで知らない道なんてないのよ!」

「うん、良いよ」

ダナンのムッチリとしたお尻をガイド役に据え、私たちもゆっくりと歩き出す。ポテポテと気ままに進んでは止まったりを繰り返していると、ダナンが顔を一段と低くしてからピャーッと走り出した。どうやら蝶を見付けてロックオンをしたようだ。

「ふんっふふんっ」猫パンチも見事に空振り。

「でーんでーん」ジャンプもめっちゃ低い。

「あはははっ!あーおかしい!全然ダメじゃんか」

私は思わず口に出していた。リボンもつられて笑っている。

「ダナンったらとーーーてもわがままボディだから貫禄があるでしょう?なんだか3人で居ると冒険の防御を担当する…」

「タンク?」

「そうそれだわ!タンクねっタンク!まるでタンクみたいじゃない?」

「ふふふ、確かにね。この3人でパーティー組んだら間違いなくタンクだね」

リボンがおもむろに小枝を拾ってクルクルと先を振る。

「そうしたら私は魔法使いが良いわ!炎なんて出せちゃうんだから!」

「良いね。それなら私は…」

私は辺りを少し探して、1番立派だった少し長い木の棒を掴んで一振りした。リボンは少し目を細くしてジーッと私を見つめている。

「……ゴブリン?かしら?」

「誰が棍棒持った緑の初級モンスターじゃ!腰蓑なんて履いてねーわっ!」

「ぷっふふふっごめんなさーーーい!めぐみったらとーーーても面白いわね!」

2人して声を出して笑った。

「私は女騎士。勇者って言いたいところだけどそんなガラでもないし。これでゴブリンだって倒しちゃうんだからね!もうバッタバッタとめぐみ無双なんだからリボンもダナンも出番はないよ!」

「ふふふっとーーーても素敵ね!」

蝶に手も足も出なかったダナンが「行くぞお前ら」という感じで再び歩き出した。若い衆を率いてる親分を想起させる貫禄。鼻の下にちょこんと有る黒い模様がまるで口ひげのようで威厳が有った。

さて冒険の再出発である。リボンは魔法の杖を指揮者のように振ってご機嫌良く歌い出した。

「ララララーララーララッランララララー はいッ!めぐみも!」

「わっ私も?うーん ららららーららーららっらんららららー」

「良いわね!上手!次は一緒に歌いましょう!さんはいっ」

どこかで聴いたことのあるリズムの歌を2人で歌いながら歩いた。これでは陽気な合唱隊の行進である。まあそれでも良いか。

しばらく歩くと小さな川に突き当たった。ダナンがヒョイと覗き込む。私たちもつられて覗き込む。

「綺麗なお魚さんがいるわ」

「リボンって小さい声も出せるんだね」

思わず笑ってしまった。

「私ったらそんなに声が大きかったかしら?」

「ううん、元気いっぱいで良いと思うよ。お魚さんには名前付けてないの?」

「付けてないわ。だって見分けがつかないんですもの」

なーるほどね。と思っているとダナンがぶきっちょ猫パンチを繰り出した。魚はおろか水面にすら届いていない。スカッスカッと空振りを繰り返し首を傾げている。なんて愛らしいおちゃめさんなんだ。飽きたダナンが「くぁっ」とあくびをして歩き出す。

低木の垣根の下をダナンが進む、流石にこれはちょっと通れないな、と思っていたらリボンはほとんど匍匐前進ほふくぜんしん状態で後を追った。マジか。何が何でもダナンと一緒に散歩をするぞ、という意気込みが伝わる。自分の最高記録を更新しようと真剣な表情のアスリートと同じ表情。仕方なく後を追う。

「通れたわね!ダナンも待ってくれてるわ!」

私はパンパンの砂をはたきながらリボンを見た。

「ちょっと!どうやったらそんなに蜘蛛の巣だらけになるのよ!ありゃりゃー取ってあげる」

私が蜘蛛の巣を取る間、リボンは綺麗にピシッと起立をしてずっとニコニコしていた。あー、マジで可愛いな。頭の方は届かないからしゃがんでと言うと、中腰になったリボンの顔が私の顔の目の前に来た。ジーッと目を見つめられて、チュウして良いのか?そうなのか?待ちなのか?と浅いラブコメしか知らない私は思春期男子さながらに思考が回転した。

「もう良いよー」

「ありがとう!めぐみ!あらっめぐみったら顔が真っ赤よ!大丈夫かしら?どうしたの?熱かしら?大変ね!あらあら困ったわ!」

「いやマジで大丈夫!ちょっと変な妄想しただけ」

と後半ゴニョゴニョ話した。

少し進むとお次には、猫にはなんてことないけど人間にはちょっと厳しい感じのスポットが来た。年季を感じさせる木造家屋の間の狭い通路を、ダナンがとてとて進んで行った。私はここにも家なんて有ったんだ、なんて思いながらまじまじと観察していた。

「あらっ大変だわめぐみ!多分とーーーてもたいへんなことになってるわ!」

私は溜息を1つついた。

「んもー、うすうすは思ってたよ。ああリボンならやりかねないなって。でも、一目瞭然だもん。見て分かるんもん。あーこれは人が通れる幅が無いなって。きっとリボンさんだって分かっているはず。大丈夫だよねきっとって思ってましたよ、さっきまで。はぁ、それじゃあ引っ張りますよ。んんっんんっあの、どうやったらこんなにキッチン挟まるんですかリボンさん。固くて微動だにしないですけど、置いていって良いですか?」

「わーごめんなさいめぐみー。置いていかないでー。そして敬語もやめてー怒られてる気分になるわー」

「いや置いてかないし怒ってもないけどね。ちょっと意地悪したくなった。ごめんごめん今もっと引っ張るから」

結構やっとの思い出でリボンを救出した。した方もされた方もクタクタだった。リボンに至っては服までクタクタだった。家の周りを半周して裏に出ると車1台分の幅より少し大きい程度のあぜ道が通っており、数メートル先にはバス停横の待合小屋が見えた。ちょうど日陰になる小屋のベンチにダナンは乗っているようだ。

ちょうど良い。ここで一休憩しよう。私もリボンも言葉に出さなかったがそう決めていた。

「ここにもバスが通るんだね」

「でも見たことなんてないのよ!」

「家は昔誰かが住んでたんじゃないの?」

「どうかしら?私が知ってる限りはずーーーと空き家よ」

「本当に不思議な世界だなぁ」

「不思議なことなんて無いわ、どことも何も変わらない。ただ知ってるか知らないか、見ようとするか見ないかそれだけの違いよ」

「うーん全然分かんない」

「きっといつか分かるわ!ダナンもそう言ってるわ!」

「めぐみには僕たちが居るからね」

リボンはダナンを持ち上げると少しだみ声で言った。

「ますます良く分かんないけど、ありがとう」

「どういたしまして!」

フワフワとした空気、ポカポカとした気持ち、ニコニコとするリボン、間にはモコモコのダナン。なんて居心地が良いのだろうか。ダナンを撫でていたらなんだかウトウトしてきてしまった。と思ったらダナンはすでに眠っているようだ。

「ダナンを起こすのも悪いわね。行きましょうか」

リボンが優しく言った。

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