いざ前線へ
「我が家の到着だ」
塹壕は雨で溜まった水で浅い川のようになっていた。雨は降り続いていた。息は白くなり寒い。砲弾が塹壕付近に着弾し、土が跳ねる。
「少佐、状況は?」
「雨の影響で向こうもこちらに攻めてはきてません。硬直状態が続いています。ですが、大雨で兵士の体力が持ちません」
「雨水を外に出させろ」
「はい軍曹! 聞いただろ! 雨水を外にだせ!」
それを聞き周りの兵士たちはヘルメットを使い外に雨水を出す。フェレンツたちも同様に水をヘルメットで汲み外に出した。マズーは凍えて今にも死にそうな顔をしていた。
「ズボンの中に手を突っ込め、少しは和らぐ」
近くでタバコを吸っていた男が言った。
「くっそ、こんなの聞いてない」
マズーが震えた声で言った。フェレンツは無言で水をかき出した。
砲弾が頭上にう着弾した。耳鳴りがし、音が聞こえづらい。誰かが何かを言っているような気がするのだがフェレンツは聞こえず、耳が治るまで立ち尽くすしかなかった。
「伏せろ!」
声が聞こえた。フェレンツはすぐさま伏せる砲弾が次々と周りに着弾し、土埃が舞っていた。
「フェレンツ、生きてるか?」
走って伏せていたフェレンツに駆け寄ったのはライアンだった。ライアンはフェレンツが生きていることを確認すると塹壕から頭を出し銃を構えた。
「二等兵! 頭を隠せ!」
ライアンは命令を聞かず、見えない敵に撃ち続けていた。ライアンは頭を撃ち抜かれ倒れた。
「おい、ライアン!」
フェレンツは駆け寄ったが額には穴が空きそこから大量の血が出ていた。死んでいたのは明白だった。雨が弱まったのを感じた。
「攻撃から身を隠せ!」
どこからか声が聞こえた。すぐにフェレンツは塹壕に張り付き、震える体を両手で押さえた。先ほどタバコを吸っていた男が近寄ってくる。
「ほら水を飲め」
彼はフェレンツの水筒の蓋を開け、口から飲ませた。
「大丈夫か?」
フェレンツは何回も頷いた。フェレンツがなんとか震えを抑えていると砲弾の雨が止んだ。
「名前は?」
「ロバートだ」
「下の名前は?」
「フェレンツ」
「フェレンツよろしくな。俺はデビンだ」
「よろしく」
震えた手を差し出した。握った彼の手はボロボロだった。硬く皮膚の一部分がめくれていた。彼はどこかへ歩いていく。フェレンツはその場にまた座り込んだ。
「二等兵名前は?」
フェレンツは我に帰り立ち上がり敬礼した。分隊長だった。
「ロバート二等兵です」
「ロバート二等兵、ぼさっとしてないでドックダグを回収しろ」
そう言いながら名前も階級も知らない男が袋を渡してえきた。近くに倒れていた死体に近づきドックタグを二つに割った。名前はライアン・メサス。ライアンだった。彼は先程の出来事を鮮明に思い出した。雨はすでに止んでいた。一人ずつドッグタグを回収していった。
「フェレンツ!」
近寄ってきたのはステイムだった。フェレンツに笑みが浮かんだ。
「ライアンはどこだ? あいつが見つからないんだ」
「死んだよ」
フェレンツはつぶやいた。
「いいか。一時間後進軍する。それぞれ準備するように」
軍曹が大声で言う。耳鳴りがしそうだ。
「砲撃の音より軍曹にお声の方が大きい音だな」
ステイムは言ったがそれは心なしだった。ライアンの死が響いているのだろう。それはフェレンツから見ても明白だった。軍曹はこちらに近づいてくる、彼らに緊張が走った。
「毒ガス攻撃を行う。ガスマスクをつけるのを忘れるな。苦しんで死にたくないならな。苦しむのはクソ野郎で十分だ」
軍曹はそう言うと去っていった。二人の緊張は少しほぐれた。二人でドッグタグを集めて回った。そのうちに一時間は過ぎた。
「銃剣用意!」
フェレンツとマズー、ステイムは横並びになり、銃剣を震えた手つきで取り付けた。
「突撃しろ」
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