プロテスト本番

 シイラさんから「ハワード流ノーモーションパンチ」を教わり、はや1カ月が経過していた。

 

 毎日学校終わりに「ハワードジム」へ通い、地獄のトレーニングを熟して行く日々。

 筋肉痛や疲労のせいで授業中に何度も寝そうになったり、スパーリングでシイラさんのパンチによって気絶をしたりと散々な目にあったが、少しづつ自分の成長を噛み締めている感覚があるので凄く楽しい。


「イーゼル!ペースが落ちてるよ!気合入れて走りな!」

 

「はい!くっおおぉらぁ!」


 ロードワークで行う、43キロのタイヤ引きも慣れたもので、急斜面の上り坂を通常のランニングと同程度のペースでタイヤを引きながら走れる様になっていた。


「しっ!」

 

「よし一万回だよ。次はストレート!」

 

「はい!」


 私も最初は驚いたのだが、これは地獄のトレーニングを始めて約1週間が経ち初めての休日を迎えた日。


 シイラさんにロードワークが終了したらジャブ一万回とストレート一万回のトレーニング追加を命じられたのだ。

 

 更に、休日は時間がたっぷりあるので、縄跳び五百回、ジャブ五千回、ストレート五千回、ミット打ち、ロードワーク、ジャブ一万回、ストレート一万回、ボール避け、スパーリング。

 以上のトレーニングを二度繰り返す様に命じられた。

 ヤバくない?地獄を二回繰り返すってどういう事?私死ぬよ?


「はああぁぁっ!」

 

「今!」

 

「はい!」


 私がサンドバッグに渾身の「左ストレート」を放った瞬間、コンクリート壁が砕けてサンドバッグが野外へと吹き飛んだ。

 

 シイラさんが作り上げた地獄を2度も繰り返し、挫けそうになりながらも毎日地獄を継続した結果、シイラさんが初めて手本に見せてくれた、重いサンドバックを吹き飛ばした「ジャブ」と「ストレート」が私も打てる様になっていた。

 

 これが私の一カ月の成長だ。


「よし。これならプロテストは問題無いさね」

 

「そうなのかな?なんだか自信が無いって言うか、不安なんだけど」

 

「イーゼルなら問題無いよ。自分を信じな」

 

「うん」

 

「よし!最後にスパーリングで仕上げて今日は終わるよ。ていうか、サンドバッグをもっと重い物に買い替えなきゃいけないね」


 明日、日曜日はついにプロテスト本番だ。

 

 それに備えていつも以上にトレーニングに対して力を入れている。

 スパーリングを通してパンチに目を慣らし、転移魔法の使い方も様々な方法を試して精密性に重点を置いたトレーニングをしていく。


「今日は早く帰って良く寝るんだよ。明日はジムで待ってるからね」

 

「うん。ありがとうございました!」


 1カ月というのは非常に長い時間だったけど、シイラさんのお陰で乗り越えることが出来て自分を成長させる事が出来た。

 

 明日のプロテストには緊張するけど、それ以上に自分が培った力を試せる事に私は楽しみを見出していた。

 そんな期待感を胸に抱いたまま私はお布団に包まり気持ち良く就寝に付いた。


 次の日の早朝、私は「ハワードジム」へ顔を出してシイラさんと主にプロテストの会場へ向かおうとしていた。


「シイラさん、今日は美人さんの姿なんだね」

 

「出掛ける時はこうさね。こっちへ来な」

 

「うん」


 外出する筈なのに何故かシイラさんにジム内へと案内された。

 すると、2階へ続く扉をガチャりと開き。


 その隣の扉を開けると地下へ続く階段が出現した。


「これは……?」

 

「付いておいで」


 暗闇の中をデバイスで照らしながら階段でしばらく下っていくと扉が現れ、それを開けると高級自家用宇宙船が置いてあるガレージが出現した。


「な、なにこれ!?すっご!!」

 

「あたしのコレクションさね」


 何という事だろう。

 一台百億ヴァルト以上はする高級自家用宇宙船が十台もズラリと並んでいる。

 ガレージその物も白基調で美しく作られていてとても広く、ボロボロな木造建築の外見から来るギャップからか、本当にここは「ハワードジム」なのか疑ってしまいそうだ。


「今日は「セジェレスBF」で行こうかねぇ」

 

「それ、確か百三十億ヴァルトはする王室採用船だったよね?初めて本物を間近で見るよ」

 

「お、詳しいね。こいつはちっと手に入れるのに苦労した代物でね。オークションでなんとか落としたのさ」


 シイラさんが壁に掛けられているキーを手に取る。


「さ、乗りな!」


 キーに表示されている電子パネルをタップするとガルウィング式の扉が開き、「セジェレスBF」へ乗り込むと、長方形のキーを差し込みエンジンを始動させた。

 キュルルル!というセルが回る音がした後に爆発音の様なエンジン点火音がガレージに鳴り響き、その迫力に私は圧倒されるのだった。


「うおぉ……」

 

「あんた、船は好きかい?」

 

「うん。いつか買いたいなって思ってるよ」

 

「なら「転移ボクシング」で勝ち上がりな。ファイトマネーで買う船は最高さね」

 

「……うん!」


 ガレージが開くと迫力のあるエンジン音を鳴らしながら上り坂を上っていき、出口が開くと外へ飛び出した。

 そのまま空中へと上昇して行き空に浮かんでいる道路まで移動すると、宇宙船が一気に加速して宇宙空間へと飛び出した。

 

 プロテストを行う惑星が別の太陽系にあるので、しばらくは「セジェレスBF」で移動だ。


「お、イーゼルあれを見てみな」

 

「え?あ、あれってまさか……」

 

「王城の御料車だね。王様が乗ってるのか、はたまたその剣が乗ってるか。どっちだろうねぇ」

 

「私、人生で初めて見たよ……」

 

「あたしもこれで二回目さね。中々お目に掛かれる物じゃないよ。今日は運が良いかもねぇ」


 私達の前方に護衛の警察に囲まれ、国旗を複数立てた黒塗りの御料船が走っている。

 距離を数えるのも億劫になるこの広い宇宙せかいで、王城の御料車を見掛けるなんて宝くじに当たる確率に等しいほど珍しいのだ。

 その船をじっと見つめてこの幸運を逃さない様に目に焼き付けていると、私たちの行く道とは違う道へと曲がってしまい別れてしまった。

 遥か遠くに離れていく御料車を見つめてくとやがて豆粒サイズまで小さくなってしまい、見えなくなってしまった。


「見えなくなっちゃった……」

 

「あんたね、御料船よりもプロテストに集中しな」

 

「嫌だ!」

 

「なんだって?」

 

「プロテストはいつでも受けれるけど御料船はいつでも見れないじゃん!私はチャンスは逃さない!私はこの世界の王様を尊敬してるからね!」

 

「……あんた、今日はテンションおかしくないかい?やっぱりに」

 

「偽物じゃないから!」

 

「ジョークも言われてくれないのかい。困った小娘だね」


 宇宙船がしばらく真っ直ぐ走っていくと大きな円型の転移装置があり、そこへ通過する様に入り込むと別の太陽系へとワープをした。

 そのまま付近に存在する灰色の惑星へと向かい急加速をして巨大なビル群が立ち並ぶ都会へと降り立った。

 駐車場に泊まると、やはり「セジェレスBF」は目立ち、他の自家用宇宙船とは違う輝きを放っている。

 プロテストの会場へと到着すると、これからテストを受けるであろう色々な人達が居て、なんというか空気が怖い。

 今にも人を殺しそうな目つきの人達が私の事を睨み付けて来る。


「じゃあ、あたしは観客席で待ってるからね」

 

「うん。ありがとう」


 控室に入ると30人程の人が居て、机に向かい筆記試験を受ける準備をしている。

 受付で割り振られた番号札と同じ数字の机に付き、私も筆記道具を用意して準備を整える。

 

 しばらくするとテストペーパーが配られて試験管の合図と共にテストが始まり私は筆を走らせた。

 制限時間は無制限で回答を埋め次第、試験管にペーパーを渡して終了となる。

 問題数も30問程と少なかった為、私は5分も掛からずに回答を埋めてしまった為、早々に挙手して筆記試験を終了させた。


「終わりました」

  

「君早いね。本当にこれで良いの?」

 

「問題ありません」


 ペーパーを渡すとその場で採点が始まり試験管より合否が教えられる。

 その場で採点って、何か甘いというかなんというか。

 本当に良いのかと心配になるが、シイラさんによると「転移ボクシング」のプロテストはどこの会場もこんな物らしい。


「15番、合格。このまま計量と検診をして実技試験へ向かって下さい」

 

「はい」


 この筆記試験に関しては、ある日トレーニング終了後にシイラさんに渡された「転移ボクシング」のルールブックを10分くらいで暗記してその場で返却した出来事があった。

 そのお陰で筆記試験は楽勝なのだ。

 なんかシイラさんは驚いてたけどね。

 

 さらしを巻いて少し長めのボクシングパンツに着替えた私は、緊張しながら測定台へと足を運んだ。

 

 因みに、なぜさらしかと言うと、カッコいいから!


「158センチ。102ポンド。オッケーです」


 通常のボクシングであれば階級を分ける為に計量を行うが、転移ボクシングにはので、何がオッケーなのか不思議だ。

 もしかして体重が似た物とスパーリングを行わせる為だろうか。

 そんな事を考えていると周りからの怖い視線が私に刺さっていたので、逃げる様にしてその場を後にした。


「ふぅー、よし!」


 一呼吸置いて観客席が立ち並ぶリングへ向かうと、シイラさんが姿を見せた。

 リングの下でどこからか持って来た椅子に座って、私を見つけると立ち上がるのだった。


「準備はいいかい?」

 

「はい!」

 

「よし、手を出しな」


 すると、シイラさんがバンテージを巻いてくれた。

 なんというか、私がジムに入会した初日に右も左も分からず、バンテージを巻いてくれた事を思い出す。


「シイラさん。私は貴方のお陰でここまで来れた。本当にありがとう」

 

「……そういうセリフは合格してから言うことさね。さ、行きな!」

 

「はい!」


 階段を上った私はロープを潜ってリング内へ入り、同じテストを受ける相手と相対した。

 会場のリング内というのは想像よりも凄く、天井から注ぐ明かりに私は圧倒されてしまった。


(これが私の戦う場所か……よし!やってやる!)


 その明かりで更に気合が入った私は相手をジッと睨み臨戦態勢へと突入した。

 

 相手は体重80キロは余裕で越えてそうな赤い体毛を持つ獣人の男性で、頭には角が生えている。

 

 計量とは何だったのだろうか。

 

 そんな事を考えていると、試験管を務めるレフェリーから声が掛った。


「1ラウンド2分30秒。合計2ラウンド。これは「転移ボクシング」の基礎的な技術が行えるかの確認で、勝ち負けは判定しないから。気を抜いて、ジムで行った練習通りにやってくれたらいいからね」


 そう言われるとお互いにコーナーへ戻りスパーリング開始の合図を待つのだった。

 

 すると、セコンドであるシイラさんから声が掛った。


「イーゼル。まずは「ジャブ」で様子を見な。あたしとのミット打ちを思い出すんだよ」

 

「うん」


 しばらくするとゴングが鳴り、実技試験開始の合図が成されるのだった。


「ボックス!」


 レフェリーの合図と共に振り向いた私は、シイラさんに教わった新しいボクシングの構えを取った。

 それは「デトロイト・スタイル」と呼ばれるテクニックで戦うアウトボクシングに適したスタイルだ。

 通常の「オーソドックス」から左腕を下げた状態でL字に構え、右拳で口元を塞ぐ。

 相手のパンチをガードする事が難しくなるが、その分スピードが上がる構え方だ。

 一方獣人の男性は「オーソドックス」の構えを取り私を睨み付けて来る。

 

 けれど、私は不思議な感覚に見舞われていた。

 

 なんだろう、相手は迫力もあるし怖いけど、シイラさんに比べるとそこまでじゃないな。

 何はともあれ、シイラさんのミットを想像してジャブから始めよう。


(この女、デトロイト・スタイルで来たな。アウトボクサーか?まぁこの小さい身体ならパンチ力も対した事無さそうだし、こっちから行くか)


「しっ!」


 私が攻撃を行った瞬間、相手が吹き飛び倒れてしまった。

 

「っ!?」

 

「ダウン!」


「……え?」


 私が打ったのは「TPテレポーション・左ジャブ」。

 距離を開けた状態で、左拳を転移させてジャブを打った瞬間、相手は咄嗟にガードをした様だが、そのまま吹き飛びロープに身体が弾まれて倒れてしまった。

 

 両腕を振るわせて呻き声を発している。


「……っ!」

(なんだよこの女!めっちゃ強いじゃねえか!ジャブが全く見えなかった!これ、腕の骨にヒビ入ったかもしれん!偶然ジャブに押されてガード出来たが、もし顔に貰ってたら……!)


「ワン!ツー!」


レフェリーがカウントを始めたと思いきや両腕でバツ印を作り試合終了のゴングが鳴り響いた。


「イーゼルだったね?いやぁ凄いパンチ力だね。この試験はテクニカルノックアウト、つまり君のTKO勝ちだよ。合格だから、ライセンスカードを貰って帰っていいよ」

 

「あ、はい……ありがとうございました」


 試験管であるレフェリーにお礼を言うと、何が何だか分からない状態でリングを下り、シイラさんの元へと向かった。

 

 すると、会場中から私の「TPテレポーション・左ジャブ」に関する声が上がっている事に気が付いた。


「おいおいジャブ一発かよ」

 

「あの巨体をあんな細腕で……」

 

「どんなトレーニングしたらああなるんだ?」


 私のパンチを褒められる事は嬉しいのだが、真面に戦わずに終わってしまったので頭が若干混乱している。

 これはどういうこと?


「はっはっは!よくやったじゃないか小娘!相手はパンチに反応出来てなかったよ!」

 

「え?いや、あの、なんか相手が倒れちゃったんだけど……」


「そりゃそうさね。あたしがイーゼルに行ってたトレーニングはプロ選手も音を上げる様なキツイやつだからね。既にあんたのパンチ力は、並みのプロボクサーじゃ太刀打ち出来ない破壊力になってるさね」


「そうなの!?ていうか、なんで!?」

 

「その方が効率良いさね。現にあんた勝てたろ?ガード越しの相手をジャブ一発で沈めるボクサーなんて中々居るもんじゃないさね!はっはっは!」

 

「はっはっはって……」

 

「イーゼル。あんたのジャブ、痺れたぜ!」

 

「……うん!」


 拳を出したシイラさんに私の拳をぶつけ、ジェスチャーサインを行った。


 その後、「転移ボクシング」のプロ選手である事を証明するプロライセンスカードを発行して貰い、プロテストの会場を後にした。

 

 帰りにシイラさんがラーメンを奢ってくれるとの事だったので、会場近くにあるラーメン屋へと足を運んだ。


「うわぁ……これがライセンスカードか!うっひっひ!」


 会場で貰った黒色を基調として枠組みが銀色に輝くプロライセンスカードに私は目を奪われてまじまじと見惚れてしまっていた。

 そこには「イーゼル・アインホルン」と私の名前が記載されており、私自身がプロである証拠を示している。

 

 かっこいい!


「イーゼル。嬉しいのは分かるがここからが本番だよ」

 

「分かってるよ。ちょっとくらいいいじゃん」

 

「そうも言ってられないさね。あたしはランキングに挑戦するも上がりきれず、何度も挫折したボクサーをこの目で見て来てるからね。ここからは己との戦いが始まるよ」

 

「己との戦い?」

 

「ああ。あんた、この世界の王様が強いのは知ってるね?」

 

「そんな事常識だよ。ていうか、強いって言うより最強だよね。誰も勝てないんだから」

 

「そうさ。昔、テレビで王様に対して、戦いにおいて強くなる為にはどうすれば良いかって質問が飛んだのさ」


 王様の言葉には一つ一つ、しっかりとした意味がある。

 その内容がどんな物だろうと、固唾を呑んだ。

 

「……ゴクリ」

 

「その時王様はこう答えた。「戦略とは自力が同程度かそれ以下の者に通用する綻びに過ぎない。如何なる策を弄されようと、強固な地力を備えれば恐れるに及ばず。強くなるとは単純明快、自力を鍛える事だ」と」

 

「自力を鍛える……か」

 

「そうさ。ボクシング風に言うなら、技術をいくら身に付けても相手にパンチが効かなければ意味が無い。つまりだね、カウンターだのディフェンスだの、そんな物は鍛えられた自力の前では無意味って事さ」

 

「じゃあ練習する意味が無いって事?」

 

「そういう事じゃないさね。王様は「戦略は綻びだ」って言ってるんだよ?つまり、技術は自力を強くして初めて活きるって事さ。あんたのパンチ力は並みのボクサーじゃ対応出来ない破壊力を秘めてる。だが、所詮は並み。ランキングに名を連ねる実力者には程遠いさね」

 

「じゃあ結局、今まで通りパンチ力を鍛えたり権能を鍛えたり、そういうトレーニングは変わらないって事?」

 

「そういう事さ。自分に何が出来て、何が出来ないのか。そして、出来る事を極限にまで突き詰める事が強くなる事って、あたしはそう王様の言葉を解釈してるよ」

 

「私に出来る事か……まずは権能かな。「転移ボクシング」を始めてから色々考えたけど、権能さえ鍛える事が出来れば私の想像上の技が実現できる。それが強いのかは分からないけど、とにかくやってみるよ」

 

「その意気さね。明日からもっと厳しくなるよ。覚悟しときな」

 

「ずるる!……うん!」


 でも、取り敢えずプロテストには合格出来たし。

 今はライセンスカードを入手出来た事実を豚骨ラーメンと一緒に噛み締めよう。


 あ、チャーシュー美味しい。

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